約 3,151,944 件
https://w.atwiki.jp/oblivionlibrary/pages/248.html
レマナーダ 第1章:サンクレ・トールとレマンの誕生 その時代にはシロディールの帝都は死して、記憶の中に残るのみとなっていた。戦乱とナメクジによるがごとき飢えと不道徳な支配者たちにより西が東から分離し、コロヴィアの別離が四百年にも及び、大地がこの別れにより病んでいたからである。かつては偉大であった西方のアンヴィルとサーカル、ファルクリアスとデロディールの王たちは、傲慢と慣れにより盗賊の王のごとき存在となり、盟約を忘れてしまった。国の中核においても状況は大差なく、神秘師や偽の聖蚕の王子たちが薬で正気を失うか邪なるものの研究に没頭し、玉座に座る者が不在の時代が何世代も続いた。蛇および蛇の警告は無視され、大地は亡霊や冷たい港の深き穴により血を流した。王者の栄光の証であるキム=エル・アダバルの護符でさえ失われ、人々はそれを見つけようとする理由すら見出せなかったといわれている。 このような闇の中でフロル王は、いずれも西方の息子たちや娘たちからなる、十八より一人少ない騎士たちを引き連れ、失われしトウィル以遠の地から出立したのであった。フロル王は啓示の中で来たるべき蛇たちを目の当たりにし、先人たちの描いた境界線を全て癒せればと考えたのである。そんな彼の前にようやく、太古の時代の女王であるエル=エスティアその人に似た精霊が現れた。その左手にはアカトシュの竜火を持ち、その右手には盟約の玉石を持ち、その胸には傷があり、その押し潰された両足に虚無をこぼし続けていた。エル=エスティアおよびキム=エル・アダバルを目にしたフロル王とその騎士たちは嘆き悲しみ、跪いて全てが正されるよう祈った。精霊は彼らに語りかけ、我は万人の癒し手にして竜の母であるが、汝らが幾度も我から逃れたように、我も汝らが我が傷み、すなわち汝らとこの地を殺すそのものを知るまで、汝らから逃れることにする、と口にした。 そして精霊は彼らから逃れ、彼らは悪党と成り果てた自らを嘆きながら、手分けをして丘の間や森の中を探したのであった。彼女を見つけたのはフロル王とその従士の二人だけで、王は精霊に語りかけた。美しいアレッスよ、聖なる雄牛とオーリ=エルとショールの美しき妻よ、私は汝を愛している、そして再びこの地に息吹を吹き込まんと欲す。それも痛みを通じてではなく、盟約の竜の火への回帰をもって、東と西を統一させ、滅びを捨て去ることで。そして王の従士は見た、精霊が王に肌を曝し、近くの岩に「そしてフロルは丘にて愛した」と刻み、契りの場を目の当たりにしながら死んでいくのを。 残りの十五人の騎士たちがフロル王を見つけた時、王は泥の山にもたれかかり、果てていた。彼らはそこで道を別ち、何人かは正気を失い、トウィルの向こうにある故郷へと帰り着いた二人はフロルのことは口にせず、彼のことを恥と感じ続けた。 だが九ヶ月を過ぎると、かの泥の山は小さな山となり、羊飼いや雄牛たちの間でささやき声が聞こえた。丘が成長し始めて間も無い頃に少数の信者たちがその周囲に集まり、それを金の丘、「サンクレ・トール」と名づけた。そして彼の産声を耳にした羊飼いのセド=イェンナが丘を登り、その頂上にて丘から生まれし赤子を見つけ、「人の光」を意味するレマンと名づけたのであった。 そして赤子の額にこそキム=エル・アダバルがあり、ありし日の神に約束されし竜の火が燃えさかっていた。そしてセド=イェンナが白金の塔の階段を上るのを邪魔する者はおらず、彼女が赤子レマンを玉座に置くと、彼は成人のごとく言葉を発し、「我こそシロディールなり」と口にした。 第2章:騎士のレナルド、豚の剣 玉座が空位となった時期にて、蛮行に身を落とした王たちのくだらぬ紛争の中で、キム=エル・アダバルは再び失われた。西と東が結ばれることはなく、他の地はいずれもシロディールを蛇そして蛇のごとき人々の巣と見なしていた。そして以後四百年もの間、レマンの玉座は別たれたままとなり、忠実なる騎士たちの一団の画策のみが国境の崩壊を防いでいた。 この忠実なる騎士たちは当時名を名乗ることはなかったものの、その東方由来の剣と塗られた目で知られ、かつてのレマンの近衛隊の末えいであると噂された。その中の一員であるレナルドと呼ばれる騎士がクーレケインに力を見出し、戴冠までの道を手助けしたという。後になって初めて、レナルドがそうしたのが嵐冠の神ことタロス、当時の栄えある皇帝タイバー・セプティムに近づくためであったことがわかり、またさらに後に、レナルドが豚に師事していたことがわかった。 竜の旗の騎士たちには長きに渡る栄光こそが妻の役割を担っていた。彼らは他の者を知らず、かつて多くの海の向こうにて兄弟であり、今やペイル・パスの剣の降伏と呼ばれた法のもとで兄弟であった。吸血鬼の血を引くこの兄弟である騎士たちはレマン以後も何世代にも渡って生き長らえ、その寵児であったとぐろの王、ヴェルシデュ・シャイエを守り続けた。蛇の隊長のヴェルシューがレナルドとなり、そして黒き投げ矢がサヴィリエン・チョラックに食い込んだ際には北西の守護者となった。 [このあたりでページが破かれていることより、この古代の書物の残りの部分が失われていることがうかがえる。] 歴史・伝記 赤3
https://w.atwiki.jp/oblivionlibrary/pages/259.html
重装鎧の修理 重装鎧は罰を多く受けるために設計されたに違いない。着用者を守りながらも、あらゆる武器の攻撃を直接受け止めることになる。この鎧は軽装鎧のようなたくさんの細かな部品より、少量の大きい部品をつなぎ合わせて作られることが多い。 鉄と鋼は扱いが簡単である。熱するだけで形を整えられるからだ。修繕する時は焚き火程度の火力でも間に合う。この時、金属以外のものを加えるのは避けるべきだ。同時に、金属は常に節約するように心がけ、修繕していかなければならない。 もし何度も鍛造しなければならない場合、その部品は壊れやすくなる。大掛かりな修繕が終わった後、鎧を何度も加熱しておけば、壊れやすくなるのを防ぐことができる。鍛造が終わったら、必ず油の中につけておくこと。鍛造されたばかりの表面はさびやすいので、予防する必要がある。 ドワーフ製やオーク製の鎧を扱う場合、ハンマーを小さいものと大きいものの2種類用意したほうがいい。オーク製の鎧を加熱するときは慎重に行うこと。両方とも、ハンマーで少ない回数、思い切り叩くのではなく、小さいハンマーでたくさん、こつこつと叩くのが良い。 黒檀の鎧は熱した時のみ鍛造する。冷えているときに鍛造すると、小さな裂け目ができてそこから粉々に壊れてしまう可能性がある。デイドラ製の鎧は夜間に扱うのがいい…… 理想を言えば満月の下で。日食の間は絶対に避ける。赤い収穫の月の夜が最高である。 兵法・戦術 茶4
https://w.atwiki.jp/oblivionlibrary/pages/240.html
人類の誕生以前 シムレーンのアイカンター 著 人類がタムリエルを支配するようになる前、または歴史学者たちがタムリエル支配者の出来事を記録した年代記より以前の世界の出来事は、神話や伝説を通して、もしくは神々しくも見事な九大神教団の教義を通してでしか知ることができない。 便宜上、歴史学者たちは先史以前をさらに2つの長い期間に分ける── 深遠の暁紀、そして神話紀である。 深遠の暁紀: 深遠の暁紀は人類の始まる前の、神々の偉業が起こっていた時代である。深遠の暁紀は、アダマンチンの塔を設立しようとする世界から神々と魔法が大量に集団流出して終焉を迎えた。 “Merethic”という言葉は、ノルド語の文字通り「エルフの時代」から来ている。神話紀とは、アダマンチンの塔を設立する世界から神々と魔法が大量に集団流出した後から、タムリエルにノルドのイスグラモルが出現するまでの先史時代である。 この後は深遠の暁紀でもっとも目を引く出来事、つまり我々のような時代の産物とされる生き物の出現が起こることになる。 宇宙はアヌとパドメイのオルビス(混沌、もしくは全体)から形成された。アカトシュ(オリエル)が生まれ、「時」が始まった。神々(霊)が生まれた。ロルカーンは神々を説き伏せ──もしくは欺き─ 定命の次元、ニルンを創造させた。定命の次元はこの時、魔力の高い危険な場所であった。神々が歩くと、定命の次元と永続する全存在物そのものが不安定となった。 「定命の世界」を設計する建築家、魔法(マグナス)はその計画を終結させることを決め、神々はアダマンチンの塔(ディレニスの塔、タムリエル最古の建造物)に集結し、なにをすべきかを決めた。魔法が世界を終結させると、ほとんどの神はこの地を去った。残ったものは自分自身をほかのものへと形成し、現在もその地(エールノフェイ)に留まっている。ロルカーンは神々から非難を受け、定命の異世界へと追放された。彼の心臓は引き裂かれ、アダマンチンの塔から投げられた。そのかけらが地に降り立つと、火山が出来上がった。魔法(深遠の感覚能力)により、宇宙は安定された。そこから最終型である11の歴史が始まった(神話紀2500年)。 神話紀: 初期のノルドの学者によって、神話紀の年月は「時の始まり」── キャモラン王朝の設立、第一紀の0年度と記録される── から後方へと逆順することが解明された。神話紀に起こった先史の出来事は、彼らの伝統的なノルドのエルフ日付で記されている。ハラルト王の学者たちによって引用されるもっとも最初のエルフ日付は神話紀2500年である。これをノルド人は最初の年とみなしている。このように、神話紀は一番古い年である神話紀2500年から神話紀1年── キャモラン王朝設立の1年前、独立する都市国家として白金の塔を設立── まで続いた。 ハラルト王の吟遊詩人によると、神話紀2500年にはハイ・ロックのバルフィエラ島にタムリエル最古の建物として知られるアダマンチンの塔の建設が始まった(これは数々の未未発刊のエルフ年代記に記されている、歴史的には大体最古の日付である)。 神話紀初期には、タムリエルの先住民にあたる獣人── カジート、アルゴニアン、オークそのほかの獣人の祖先── がタムリエルのいたる所、文字を持たない社会で生活していた。 神話紀中期には、アルドメリ(エルフの始祖である人間)の難民が、破綻の運命に追いやられた今はなきアルドメリ大陸(「旧エールノフェイ」としても知られる)を去り、タムリエル南西部へと移り住んだ。最初の居住地はタムリエルの海岸線に沿って、広い間隔を取って形成された。後に、タムリエル南西部と中心の方の肥沃な土地に最初の内陸集落が見つかる。獣人がエルフに遭遇し、その洗練された、教養のある、科学的にも発展したアルドメリ文化は、原始的な獣人をジャングルや沼地、山、荒地へと追いやった。アダマンチンの塔は突出して強大な力持つアルドメリ一族のディレニに再発見され、支配された。サムーセット島に水晶塔が建てられ、のちに、シロディールの白金の塔となった。 神話紀中期には、アルドメリの探検家がヴァーデンフェル海岸の地図を作り、第一紀にはハイエルフのウィザードの塔をモロウウィンドのアルド・ルダイニア、バル・フェル、テル・アルーン、テル・モラに建てた。白金の塔(現在のシロディール)のまわりのジャングルにアイレイド(野生のエルフ)の集落が栄えたのもこの時代であった。ハートランドハイエルフとしても知られる野生のエルフは、深遠の暁時代の魔法やエールノフェイの言葉を維持した。表面上、アリノール高王へ捧げられた土地であったが、サムーセット島の独立国とハートランドの長きにわたる関係が、事実上、シロディールを水晶塔にいる高王から引き離していた。 神話紀中後期は高貴なヴェロシ文化の時代であった。現代のダンマーやダークエルフの祖先であるチャイマーは、力強く、野望に満ち、長命なエルフの一族であって、原理主義な祖先崇拝を信奉していた。チャイマー一族は預言者ヴェロシに従い、南西部にあった代々受け継いだエルフの祖国を離れ、今のモロウウィンドに当たる土地に移り住んだ。チャイマーは現世的な文化やドゥーマーの俗悪な慣習を嫌い、またドゥーマーの土地と資産を欲しがったため、何世紀にも渡って小競り合いや領土争いが起こった。自由な発想を持ち、人里はなれたところに住むエルフ一族のドゥーマー(ドワーフ)は科学の謎や工学技術、錬金術に力を注ぎ、現代のスカイリムやモロウウィンドから離れた山脈(のちのヴェロシ山脈)に地下都市や地域社会を築き上げた。 神話紀後期はヴェロシ文化の急落が目立つ。ヴェロシの中には、傾き、放置された古代ヴェロシ塔のそばにある村に移り住むものもいた。この時代、ヴァーデンフェル島からヴェロシの文化は消え去った。ドゥーマーの初期のフリーホールド植民地国家がこの時代から起こり始める。堕落したヴェロシは部族文化へと移行し、やがて現代のモロウウィンドの王宮へと発展し、一方では野蛮なアシュランダー種族へと存続していった。この種族文化が唯一残したものは、ばらばらに崩壊したヴェロシ塔とヴァーデンフェル島のアシュランダー遊牧民である。タムリエルの海岸に沿って建てられた、第一紀ハイエルフウィザードの塔もまたこの時代に打ち捨てられることになった。 またこの頃、文字を持たない人々、いわゆる「ネディックの人々」がアトモラの大陸(アルドメリ語で「アトモラ」、もしくは「エルダーウッド」)から移住して、タムリエルの北部に定住した。ノルドの英雄、タムリエルへの巨大植民地軍の先導者であるイスグラモルはエルフ理念に基づいてノルド語のルーン文字を翻字、発展させたことで高い評価を得ている。またイスグラモルは人類初の歴史学者とも考えられている。イスグラモルの軍はスカイリムのブロークン・ケイプの最北端にあるヒサアリク・ヘッドへと上陸した。ノルドはそこに伝説都市サールザルを建てた。エルフは人間を「涙の夜」の時に追い出したが、イスグラモルはすぐに500の仲間を引き連れて戻ってきた。 神話後期にはまた、伝説となった不死の英雄で、戦士で、魔術師で、国王である、ペリナル・ホワイトストレーク、ハラルド・ヘアリー・ブリークス、イスミール、ハンズ・ザ・フォックスなどの名前で知られる人物が、タムリエルをさまよい歩き、武器を集め、土地を征服していき、統治し、そのあと自ら築いた王国をぶち壊し、再びさまよい歩くのであった。 歴史・伝記 茶2
https://w.atwiki.jp/oblivionlibrary/pages/188.html
火中に舞う 第7章 ウォーヒン・ジャース 著 場所:シルヴェナール(ヴァレンウッド) 日付:第三紀397年 11月13日 シルヴェナール宮殿で開かれた祝宴には、ヴァレンウッド再建の仕事を持っていかれたことに嫉妬する官僚や商人達も、全員顔を見せていた。隠そうともしない憎悪の眼差しの中心に居るのは、スコッティ、ジュラス、バスの3人である。スコッティには居心地が悪いだけだったが、ジュラスには、それが快感であるようだ。召使達がロースト肉の乗った大皿を引っ切り無しに持って来るのを見ながら、ジュラスとスコッティはジャッガで乾杯を交わした。 「今だから言えるがな」とジュラスは言った。「正直、お前をこの商談に巻き込んだのはすごい失敗だと思ってたんだよ。だが、な。俺がコンタクトを取ったどの建設会社の連中も、確かに外見は積極的だったがね、お前みたいにシルヴェナールとサシで話付けたり、有り金はたいて冒険に出ようなんていう奴はいなかったんだぜ。ほら、もっと飲めよ」 「もう、いいよ」スコッティは言った。「ファリネスティで十分に飲んだし、それに、酒のせいでダニの化け物に吸われそうになったんだよ。何か別の飲み物を探してくるよ」 スコッティは、大きな銀の瓶から湯気を立てている茶色い液体をカップに注いで飲んでいるのを外交家たちを見つけ、お茶かどうか聞いた。 「お茶だって?」1人が笑いながら言った。「ヴァレンウッドには無いね。これはロトメスだよ」 仕方なく、スコッティは、そのロトメスをもらってちびちびと舐めた。匂いが強く、苦味と甘みがあって、ひどくしょっぱい。初めは、とても飲めたものではないと思われたが、不思議なことに、しばらくすると、そのカップを空けて新しく注いでいるほどだった。体が火照ってきて、この謁見室の物音がちぐはぐに感じられる。しかし、まったく恐怖感は無い。 「あんたか。シルヴェナールから契約を取り付けたっていうのは」と、もう一人の外交家が聞いた。「さぞかし、粘りに粘って、深い話をしたんだろうな」 「いやいやそんなことはありません。商売というものに関して、基本的なところを両方が合意できただけです」とにっこり笑って、スコッティはロトメスの3杯目を注いだ。「シルヴェナールはヴァレンウッドの争いを収めるために帝都とのコネを作っておきたかったし、私も何としても契約を取りたかったし。それで、神の御加護か、両方の利害が一致したということですよ。だから、私のしたことと言えば、契約書に羽ペンを走らせることだけです。あなたにも、神のご加護がありますように」 「あんた、皇帝御用達の会社に長く勤めてるんだろ?」と、最初の外交家が尋ねた。 「帝都では色々とあってね。ここだけの話、実は、もう無職なんだ。アトリウス建設会社で働いてたんだが、クビになった。大体あの契約書も、本当は商売仇のヴァネック建設会社のものだ。レグリウスからもらったんだ。いい奴だったよ。カジートに殺されちまったが」と言ってスコッティは5杯目を空けた。「帝都に戻ったら、アトリウスとヴァネックにサシで話付けるつもりさ。奴らの前でこう言ってやるよ。“この契約書、どっちが欲しい?”ってね。そしたら、2人とも俺にがっついてくるだろうな。誰もどこでも見たことないような奪い合いになるだろうな」 「と言うことは、つまり、あんた、本当は帝都の代表なんかじゃないんだな?」と、最初の外交家が聞き返した。 「俺様の話をちゃんと聞いてなかったのか!?」と唐突に激憤が彼の中を巡ったが、同じく唐突に収まってしまった。そして、にやにや笑いを浮かべると、7杯目のロトメスをつぎ足した。「個人でだって建設会社は作れるんだぜ? そりゃ、確かに今はアトリウスやヴァネックのアホが皇帝の代理人だがな。しかし俺様にだってなれるさ、この契約書さえあればね。俺様のお話は難しすぎるか? 話について来れてるか? みんな、詩みたいなもんさ。火に踊れ。幻覚に従うならば、それはつまり隠喩だ」 「あんたの同僚もかい? あんたの同僚も、代表じゃないのかい?」と、2番目の商人が尋ねた。 スコッティは爆笑して首を振ってみせる。2人の商人は尊敬の念のこもった別れの挨拶をすると、大臣の方へ話をしに行ってしまった。残されたスコッティは、千鳥足で宮殿を抜けると、奇妙に入り組んだ大通りや並木道をふらふらと進んで行く。数時間後、彼はプリサラホールの自室で眠りに落ちていた。ただし、彼のベッドのすぐ近くで。 翌朝、スコッティは、ジュラスとバスに揺り起こされて目を覚ました。まだ目は完全に開いていなかったが、その他の点は良好であった。商人達との会話が、子供時代の記憶のように、ぼんやりと浮かんできた。 「いったいぜんたい、ロトメスは何なんだ?」と、彼は口早に尋ねた。 「ひどい匂いの発酵させた肉汁に、臭みを消すための大量のスパイスが入ってるんだ」と、バスが笑って言った。「一緒にジャッガを飲んでいろと警告しておくべきだったろうな」 「マンダンテの肉については、すぐに知っておくべきだな」と言って、ジュラスも笑った。「ボズマーときたら、ブドウの実や地面を触るのより共食いが好きなんだからな」 「あの外交家達に、私は何て言ったんだ!?」と、スコッティはパニックになりながら叫んだ。 「今のところ、表立って悪いことは起こってない」と、ジュラスが何枚か書類を取り出しながら答えた。「そうだ、例の契約書とお前を安全にシロディールまで運んでくれる護衛が、階段の下まで来てるぞ。急いだ方がいいぜ。シルヴェナールは、ビジネスが迅速に進まないことに、あまり寛容ではいらっしゃらないようだからな。それと、この契約をしっかり履行したら、特別に褒賞が出るらしいぞ。実は、俺はもう幾つかもらってきた」 そう言って、ジュラスは、大粒のルビーで飾られた美しいイヤリングを見せびらかした。バスも同じものを見せた。二人の太った男が部屋を出ていくと、スコッティは急いで着替えと荷造りをした。 シルヴェナールの衛兵の一連隊が、既に宿屋の前に整列していた。彼らはヴァレンウッド軍の正規の武具に身を固めて、羽根飾りの付いた馬車を取り囲んでいる。その光景に呆然としたものの、スコッティが慌ててその馬車に潜り込むと、隊長の号令の下、連隊は出発した。そのスピードは速く、馬車の中の彼も揺られながら外を眺めていた。すると、後ろの方で、ジュラスとバスの2人が手を振っているのが見えた。 「ちょっと待って!」とスコッティは叫んだ。「あなた達は帝都に帰らないのか!?」 「帝都の代表者としてここに残るように、シルヴェナールから言われたんだよ」とジュラスが叫んだ。「また、契約とか交渉とかする必要が出てこないとも限らんだろ。それに、俺達はアンドレイプの勲位ももらったんだぞ! 外国人に与えられる特別な奴だ。心配すんな、また祝宴で会おう! 俺達はこっちで上手くやるから、お前は、アトリウスとヴァネックとの交渉を上手くやるんだぞ。お前なら出来るさ!」 ジュラスはまだ何かアドヴァイスを続けていたようだったが、遠ざかるにつれて、声も遠のいていった。そして、護衛達が通りをぐるっと回ると、すっかり彼ら2人の姿は見えなくなってしまった。それから、ぼんやりとジャングルが見えてきたと思ったら、既にその中を走っていた。そう、この深い森の中、彼は自分の足で苦労して歩いたり、川をゆっくりとボートで下ったりしたのだ。それが、今や、こうして馬車に乗って、悠々と進んでいるのである。木々の緑が瞬く間に後ろへと流れて行く。馬は、草の上を駆けて行く方が、街中の整備された路を走るよりも早いような気がした。ジャングルに特有の奇妙な物音もじめじめした匂いも、全く気にはならない。馬車の窓から覗く風景は、まるで紗幕を通してするジャングル劇が上演されているようだ。 そうして2週間が過ぎた。馬車の中には食べ物も水も充分にあったので、スコッティはただ食べたり飲んだりを繰り返していればよかった。時々、彼は剣で打ち合う音が聞こえたが、周りを見てみた時には、既に馬車は出発してしまった後だった。そして、一行はヴァレンウッドとシロディールとの国境に到達した。そこには、帝都の要塞が居を構えていた。 スコッティは、馬車に乗って来た兵士達にあれこれと書類を見せた。兵士達は質問の集中砲火を浴びせてきたが、スコッティが素っ気なく答えていると通行の許可が下りた。そこから更に数週間かかって、帝都の門の前に到着した。ジャングルを飛ぶように疾駆してきた馬達も、ここコロヴィアの東の見知らぬ風景には、少し戸惑い気味である。それと対照的に、見慣れた鳥、匂い、植物と、その風景を見ているだけでスコッティは活力を取り戻すのだった。そこは正に、数ヶ月前の彼が夢にまで見た故郷なのだ。 帝都の門をくぐると、馬車の扉を開けて、スコッティは不確かな足取りで地面に降り立った。彼が護衛達に何事か言おうと振り向いた時には、既に彼らは森を抜けて南の方へ走り去ってしまっていた。まず彼がすべきことは、近くの宿屋に行って、お茶と果物とパンを食べることだ。もう肉を食べないとしても、それが自分に合っているだろうと彼は思った。 その後すぐに行ったアトリウスとヴァネックとの交渉は、大方納得できるものだった。どちらの建設会社も、ヴァレンウッド再建計画に加わることでどれだけ利益が上がるか、しっかり分かっていたのである。ヴァネックは、この契約に用いられた書類は自社のものであるため、この契約はヴァネック社のものであると主張した。一方、アトリウスは、この契約を成功させたのは自社のスコッティであるため、この契約をアトリウス社のものであると主張した。もちろん、決して彼を解雇した覚えは無い、と付け加えたが。結局、この争いには皇帝による調停が為されることになったが、皇帝は無理だと言った。なぜなら、皇帝の相談役である帝都の魔闘士ジャガル・サルンが長らく消息不明であり、彼無しでは、公平な判断など無理な相談であるからだ。 アトリウスとヴァネックから賄賂をもらい、スコッティは悠々自適の生活を送った。毎週、ジュラスとバスから、交渉の進捗状況を記した手紙が届いた。しかし、彼らの手紙は次第に少なくなっていって、今度は、シルヴェナールの経済相とシルヴェナールその人から緊急の手紙が届くようになった。それによれば、サムーセット島との戦争は、ウッド・エルフからアルトマーに湾岸の島をいくつか移譲することで講和が成立したらしい。また、エルスウェーアとの戦争は依然として続いており、ヴァレンウッドの東方の荒廃はまだ止んでいないようである。そして、アトリウスとヴァネックとの勝負もまだ続いているのだった。 第三紀398年のある気持の良い初春の朝。一人の密使がスコッティの家のドアを叩いた。 「ヴァネック卿が、ヴァレンウッドの再建代理権を入手なされました。つきましては、速やかに、例の契約書をご持参の上、邸宅へいらっしゃいますようお願いします」 「アトリウスは諦めたのかい?」と、スコッティは尋ねた。 「たった今、お亡くなりになりました。偶然にも、凄惨な事故に巻き込まれてしまったようです」と密使は言った。 スコッティは、いつから闇の一党がこの交渉に参入し始めていたのだろうかと考えた。ヴァネックの邸宅へと向かう途中、延々と続く荘厳な、名もないが素晴らしい建築物の間を歩きながら、スコッティはゲームで遊んでいるつもりが、遊ばされているとも限らないと考えていた。商売仇のアトリウスが死んでしまった今となっては、あの金に汚いヴァネックは私の足元を見てくるのではないかと思ったが、有難いことにヴァネックは、凍りつきそうな心で交渉に臨んだスコッティに申し出た通りの金をきっちり払ってくれた。ヴァネックの相談役が言うには、もしも事が上手く進まなかった場合には、別な会社を建てて、引継ぎさせるようだ。 「全てが合法的に収まってなによりだ」と言ってヴァネックはご満悦の表情であった。「今や我々は、かわいそうなボズマーを救済するという誇りある仕事の前途に立っている。もちろん、その分の報酬は頂くが。非常に残念だが君は我が社の代表ではないので、実務はベンダー・マーク君とアルネシアン君とに担当してもらうことになるが。ところで、まだ戦争が続いているようだね」 こうしてスコッティとヴァネックは、シルヴェナールについに名誉の契約の準備が調ったことを告げる手紙を出した。そして数週間後、新事業の発足を祝うパーティーが開かれることになった。スコッティは今や帝都に於ける時代の寵児であり、その記念すべき祝宴には、費用も全く惜しまず注ぎ込まれた。 その祝宴で彼は、この新事業で利益を受けることになる貴族や豪商達と挨拶を交わした。舞踏室には異国風の、しかし何か親しみの持てるバラのような香りが漂っていた。彼がその香りのもとを辿って行くと、長く厚い皿に乗せられた、厚切りのロースト肉に行き着いた。すっかりできあがったシロディール達が、その肉に群がって、味や質感を言い表す言葉を失ったかのように、次から次にその皿へと手を伸ばしている。 「こんなにおいしいもの、今まで食ったことない!」 「丸々太った豚みたいな味の鹿だ!」 「ほら、赤身と脂身がほどよく混ざってるのが分かるだろ? これが最高の一品という証拠さ!」 それらの声につられて、スコッティも少し切り取ってみた。しかし、確かに外はよく焼かれて美味しそうではあるが、中は乾燥したパサパサのもので、決して高級とは言えない代物だった。そして、その皿を置いて引き返そうとした拍子に、彼の新しい雇い主となったヴァネックとぶつかってしまった。 「どこに行ってらっしゃったんですか?」とスコッティは驚きながら言った。 「我が顧客のシルヴェナールのところだ」とヴァネックは威光を見せながら答えた。「そうそう、あれはあちらの住民がアンスラッパと呼ぶ珍味だよ」 スコッティは吐いた。しばらく吐き続けた。宴は一時中断したが、スコッティが彼の家に引き返したあとも、客たちは食事を続けた。珍味、アンスラッパは皆の口を喜ばせていた。その切り身を取ったヴァネックが、中に埋め込まれていた2組のルビーの片方を見付けた時には、それは更なる盛り上がりを見せることになる。ボズマーは何と巧い料理を作るんだとシロディールたちは口々に言い合った。 物語(歴史小説) 赤1
https://w.atwiki.jp/oblivionlibrary/pages/35.html
避難民たち ジェロス・アルブリー 著 地下貯蔵室の石壁は塩水が腐食していて、入り江の匂いがじわじわと染み出してくるようだった。もっとも貯蔵室自体、酢になってしまった古いワインと白カビ、そして傷ついた者の手当をする目的で治癒師たちが持ち込んだ異国の薬草を用いた香辛料など、様々なものが発する匂いがすでに入り混じっていた。もともとは階上の売春宿の倉庫で、長く放置されていたこの大きな地下室に、今や50人を越える人間がひしめき合っていた。うめき声やすすり泣きは今のところ止んでいて、今は病院となっているこの場所は共同墓地に変わってしまったかのように静まりかえっていた。 「お母さん」と、レッドガードの少年がささやいた。「今のは何?」 母親が答えようとした矢先、何かが転がるような地鳴りが外から再び聞こえてきた。まるで実体のない巨獣が貯蔵室に降りて来るかのように、その音はどんどん大きくなっていくのだった。四方の壁が震え、埃が雨となって天井から降り注いだ。 前の時とは違い、誰も叫んだりはしなかった。耳にこびりつく不気味な音が通り過ぎていくのを待っていると、やがて、遠くで行われている戦闘の物音が低く聞こえてくるだけになった。 一人の傷ついた兵士が、『宿命』から引用したマーラの祈りをささやき始めた。 「マンカー」と、簡易ベッドの上で丸くなっているボズマーの女性が、吐き出すように言った。その目は熱っぽく、肌は青ざめて汗で濡れていた。「彼がやって来る!」 「誰が来るの?」と、母親のスカートをきつく握って、少年が聞いた。 「誰が来るって? お菓子屋が来るとでも言うのかい?」と、白髪交じりで片腕のレッドガードが乱暴に言った。「強奪者キャモランさ」 少年の母親は怒りに満ちた目で老兵士をにらんだ。「あの女の人は何も分からずに言ってるのよ。熱にうなされて」 少年はうなずいた。母親の言うことはいつもだいたい正しかった。母親が住んでいた小さな村に強奪者キャモランが向かっていると人々がささやき始め、荷物をまとめて彼女が逃げ出した頃、少年はまだ生まれていなかった。リハドとタネスならわけなくキャモランを退治してくれるはずだと言って、近所の人たちは彼女のことを笑った。彼女の夫で、少年ルーカーにとっては一度も会わずじまいだった父親も、同じように笑った。収穫の時期だったから彼女はお祭りを見逃すことになった。 しかし少年の母、ミアク=アイは正しかった。逃げ出してから2週間後、村が一晩のうちに完全に破壊され、誰一人生き残らなかったことを彼女は知った。リハドとタネスはどちらも倒されたのだ。強奪者を止める手立てはなかった。 ハンマーフェルの至るところにあった難民キャンプでルーカーは生まれ育った。友だちができても長くて数日のつきあいだった。西の空が赤く燃えだしたら、荷物をまとめて東に向かわなければならないことを彼は知っていた。南の空が燃えていたら北に向かった。キャンプからキャンプへと移動し続けて12年が経ってから、ようやく親子はイリアック湾を渡る経路を通ってハイ・ロック地方に入り、ドワイネン男爵領に向かった。そこでなら平和な永住生活手に入るはずだとミアク=アイは約束し、そうしたいと願っていた。 そこは目が眩むほど青々とした土地だった。ある時期、ある場所でしか緑を見ることができなかったハンマーフェルとは違い、ドワイネンは一年を通じて緑に覆われていた。例外は雪が降る冬だけで、初めの頃ルーカーは雪を怖がっていた。本当の危険が迫っている今になって思い出せばそれは恥ずかしいことだったが、それまでの彼にとっておなじみの世界といえば、戦争の赤い雲と、難民キャンプの悪臭や苦痛しかなかったのである。 今、赤い空は入り江の水平線の上にあって、次第に近づいてきていた。空から舞い散る白いものに怯えて泣いた頃が、ルーカーにはたまらなく懐かしく感じられた。 「マンカー!」ボズマーの女がまた叫んだ。 「彼がやって来る。死をもたらしに!」 「誰も来ないわよ」と、若くきれいなブレトンの治癒師がボズマーの女のそばに来て言った。「もう静かにして」 「おーい?」頭上から声がした。 部屋全体がほぼ同時にハッと息を呑んだ。一人のボズマーが足を引きずりながら、粗末な木の階段を下りてきた。人の良さそうなその顔はどう見ても強奪者キャモランのそれではなかった。 「びっくりさせたんならごめんよ」と男。「ここに治癒師がいるって聞いたもんで、ちょっと診てもらえないかなと思って」 ロゼイナが駆け寄ってボズマーの足と胸の傷を調べた。現役を退いたとはいえ今でも美しい彼女は、売春宿で働いていた頃は1、2の人気を争う娼婦で、職業に必要な技術とともに治癒の技術も『ディベラの宿』で学んでいたのだ。慎重に、しかし素早く、借り物である皮の胴鎧、鎖帷子、草ずり、グリーヴ、ブーツを脱がせ、傍らに置いて、彼女は傷を仔細に調べた。 レッドガードの老兵はそれらの防具を手に取って観察した。「戦場に行ってたのかい?」 「その隣に行ってたって言うほうが、たぶん当たってるかな」。ロゼイナに傷を触られてわずかに顔をしかめてから、ボズマーの男が微笑んで言った。「裏に行ったり、脇に行ったり、前に行ったり。僕はオーベン・エルムロックっていうんだ。斥候だ。本当の戦いには加わらないようにしてる。戻って報告しなきゃいけないからね。血の色を見るのが苦手な奴にはうってつけの任務だ」 「フジムだ」そう名乗って、戦士はオーベンと握手した、「俺自身はもう戦うことはできないが、戦場に戻るんなら鎧を直してやってもいい」 「皮職人かい?」 「いや、ただの何でも屋だ」と答えてフジムはワックスの入った小さな缶を開け、固いが柔軟性もある皮に塗り込んだ。「鎧を見た時に斥候だってことは分かったがな。何を見張ってたのか聞いてもいいかな? 俺たちは半日前からここにいて、外からは何の情報もないんだ」 「イリアック湾全体が、波の上の大戦場になってるよ」そう言ってからオーベンは、ロゼイナの呪文によってギザギザでありながらも浅かった傷がふさがっていくのを見て、ため息をついた。「湾口からの侵入は遮断したんだけど、僕は海岸のほうから向かおうとしていて、敵軍はロスガリアン山脈を越えて行軍しているところだった。そこでちょっとやり合ったわけさ。別に驚くことはないよ。前線での戦いがふさがっている時に側面から入って行くのは良くあることだからね。キャモラン・カルトスの計略書から牡鹿王が拝借したトリックだ」 「牡鹿王って?」と、ルーカーが訊ねた。静かに聞き入っていた彼は、その言葉以外はすべて理解していた。 「ヘイモン・キャモラン、強奪者キャモラン、牡鹿王ヘイモン、みんな同じだよ。めんどくさいことが好きな奴だから、名前も一つじゃ物足りないんだ」 「知り合いなの?」と、前に進み出てミアク=アイが聞いた。 「20年近くなるかな。こんなにも陰気で血なまぐさい事態になる前のことだ。僕はキャモラン・カルトスの斥候長、ヘイモンは彼に仕える妖術師で、相談役でもあった。僕は両方に手を貸してたんだけど、二人はキャモランの玉座を求めて張り合い、その時に征服に乗り出したのが……痛っ!」 ロゼイナは治療を止めていた。激しい怒りを瞳に浮かべて彼女が呪文を逆向きに唱えると、一旦ふさがって治りかけていた傷が再び開き、黒ずんだ感染症も戻ってきた。オーベンが後ずさりしようとすると、驚くほどの力で押さえつけた。 「大馬鹿野郎……」治癒師の娼婦がなじった。「ファリネスティにはいとこがいるんだよ。女司祭をしている」 「元気でいるさ!」と、オーベンが声を張り上げた。「カルトス卿は自分にとって脅威でない者は絶対に傷つけないように徹底していたから……」 「クヴァッチの住民たちはそんな言い分を認めないと思うぞ」と、冷ややかにフジムが言った。 「ひどい有様だった。あれよりひどい光景は見たことがない」オーベンがうなずいた。「ヘイモンの仕業を目にして、カルトスは泣いていた。こんな仕打ちをやめてくれるなら何でもするし、お願いだからヴァレンウッドに戻ってくれと牡鹿王に懇願したんだ。だけど奴はその申し出をはねつけ、そのせいで僕たちは逃げることになった。決して君たちの敵じゃないよ。昔からずっとね。コロヴィア西部とハンマーフェルに強奪者がもたらした恐怖を防ぐ手立てはカルトスにはなかったし、それでも被害が広がるのを抑えようとして15年間も戦い続けているんだ」 恐ろしい野獣の吠え声のような音が、前よりもさらにうるさく、再び天井の上を通過しようとしていた。自分ではどうにもできない恐怖に、傷ついた者たちはうめくことしかできなかった。 「じゃあ、あれは何?」と、冷笑するようにミアク=アイが言った。「やっぱり強奪者が真似したキャモラン・カルトスのトリック?」 「実の話、あれこそがトリックだ」。甲高い音にかき消されないようオーベンが叫んだ。「人を怯えさせる目的で用いる幻影なんだ。まだ駆け出しでそれほど技量がなかった頃には、彼も恐怖心を利用する戦術に頼らざるを得なかった。そして今、次第に力が衰えているせいで、再びそういうやり方に頼らなければいけなくなっているんだ。だからヴァレンウッドを制圧するのに2年もかかったわけだし、ハンマーフェルを半分制圧するのにさらに13年もかかったんだよ。レッドガードを責めるわけじゃないけど、あなたたちの武勇が彼に足止めを食らわせた。以前みたいな後押しを得ることはできないんだ。彼の主からの……」 木霊する轟音が強さを増し、それから再び静けさが訪れた。 「マンカー!」ボズマーの女がうめいた。「彼が来る。すべてを破壊しに!」 「彼の主って?」ルーカーが訊ねたが、オーベンの視線は血まみれの簡易ベッドに丸まっているボズマーの女に据えられたままだった。 「あの人は?」オーベンがロゼイナに聞いた。 「難民の一人よ、もちろん。あんたとカルトスが鞍替えする以前にやってたヴァレンウッドの戦争から逃げてきたの」。治癒師が答えた。「名前は確かカアリス」 「ジェフレの神よ」声をひそめてオーベンは言い、足を引きずって女性のベッドのところまで行くと、その青ざめた顔から汗を拭い、血がこびりついた髪の毛を脇に寄せた。「カアリス、オーベンだ。覚えてるかい? なぜここに? 奴に傷つけられたのか?」 「マンカー!」カアリスがうめいた。 「それしか言わないのよ」と、ロゼイナは言った。 「一体何のことだろう」オーベンが眉間にしわを寄せた。「強奪者のことではない。彼女も奴を知ってたけどね。それも、とても良く知っていた。奴のお気に入りだったんだ」 「奴のお気に入りはみんな奴に背を向けたってわけね。あんたも、カルトスも、彼女も」と、ミアク=アイが言った。 「だからこそあいつはいずれ倒される」と、フジムが答えた。 武装した者たちの足音が天井から響き、貯蔵室の扉が勢いよく開けられた。オスロック男爵の城の衛兵長だった。「埠頭が燃えているぞ! 生き延びたいならワイトムア城に避難するんだ!」 「手を貸して!」と、ロゼイナが叫び返したが、衛兵たちの任務は防衛であり、病人を安全な場所まで送り届けることではないのは分かっていた。 それでも10人の衛兵たちが援助に割り当てられ、傷病人たちの中では最も丈夫な者たちも手を貸したので、貯蔵室にいた全員が外に出ることができた。ドワイネンの街には煙が満ちて、炎が無秩序に広がり始めていた。海上から誤って放たれた1発の火の玉が埠頭に落ちただけだったが、被害は甚大だった。数時間後、広大なお城の中庭に治癒師たちは簡易ベッドを据え付け、罪もなく傷ついた者たちを再び手当てし始めた。ロゼイナが最初に見つけたのはオーベン・エルムロックだった。傷口がまた開いていたにもかかわらず、彼は2人の患者を手助けして城まで連れてきていた。 「ごめんなさいね」と、傷口に両手を当てて治療しながら彼女は言った。「ついカッとしちゃったの。自分が治癒師だってことも忘れて」 「カアリスは?」と、オーベンが訊ねた。 「ここにいない?」と、見回しながらロゼイナが言った。「きっと逃げたんだわ」 「逃げた? 傷ついていたんじゃなかったの?」 「健康な状態ではなかったけど、出産が無事に済めば、母親になったばかりの女はびっくりするような力を発揮するものだわ」 「妊娠してたのかい?」と、息を呑んでオーベンが言った。 「ええ。それほどたいへんなお産じゃなかったみたいよ。私が最後に見かけた時には男の赤ちゃんを抱いていた。お産は自分一人でしたって言ってたわ」 「妊娠してた」と、オーベンがつぶやくように繰り返した。「強奪者キャモランの愛人が、妊娠してた」 戦闘が終わったという知らせがあっという間に城じゅうに広まった。それだけでなく、戦争そのものも終わっていた。ヘイモン・キャモランの軍は海で敗北し、山でも負けていた。牡鹿王は死んだのだ。 ルーカーは城壁の上から、ドワイネンを囲む暗い森を見おろした。カアリスの話を耳にした彼は、生まれたばかりの赤ん坊を抱いて死にものぐるいで荒野を逃げていく女の姿を想像した。カアリスには行く当てがないし、二人を守ってくれる者もいない。ミアク=アイと自分がそうであったように、カアリスと赤ん坊も難民になるのだろう。これまでのことを思い返すうち、ルーカーは彼女の言葉を思い出した。 やって来る。彼がやって来て、死をもたらす。彼がすべてを破壊する。 ルーカーは彼女の瞳を覚えていた。病気ではあったが、怯えてはいなかった。強奪者キャモランが死んでしまったとすれば、やって来る「彼」というのは誰のことだろう? 「他に何か言ってなかったかい?」と、オーベンが聞いた。 「赤ん坊の名前を教えてくれた……」と、ロゼイナが答えた。「マンカーって言ってたわ」 メインクエスト関連 物語(歴史小説) 茶2
https://w.atwiki.jp/oblivionlibrary/pages/191.html
タララ王女の謎 第1巻 メラ・リキス 著 時は第三紀405年。ブレトンのカムローン王国の建国千年の祝典での出来事である。すべての大通りや狭い小道に、様々な金と紫の旗が掲げられた。非常に簡素なものや王家の紋章が印されたもの、王の臣下の公国や公爵位の紋章が印されたものもあった。大小の広場では楽隊が音楽を奏で、通りや角で異国情緒溢れる新進の大道芸人たちが芸を披露していた。レッドガードの蛇使いや、カジートの曲芸、本物の魔力を持つ手品師。もっとも、手品師たちの見せるきらびやかな芸は、たとえ本当の魔術でなくても見るものに感銘を与えた。 カムローン男性市民の注目を一身に集めたもの、それは「美の行進」であった。一千人もの麗しく若い女性たちが、挑発的な衣装に身をつつみ、セシエテ神殿から王宮までの大通りを踊りながら練り歩いていた。男たちは皆互いに押し合い、よく見えるように首を伸ばし、お気に入りの女性を見つけようとした。その女性たちが売春婦であることは一目瞭然で、このあと夜には「花祭り」が待ち構えていた。その祭典で彼女たちはより親密な「お仕事」をこなすのだ。 ジーナは絹と花びらでところどころ覆われたすらりとした曲線美と亜麻色の巻き毛で、多くの男性の視線を集めていた。年は20代後半にさしかかり、売春婦の中でも決して若いわけではなかったが、間違いなく最も魅力的だった。その物腰から、挑発的な流し目を使い慣れているのは明らかだったが、彼女は壮麗な街の眺めに飽きてそうしているわけでは決してなかった。彼女の故郷であるダガーフォールのごみごみした街並みと比べれば、祝典ムードできらめくカムローンは夢の世界のように感じられた。しかし不思議なことに、彼女はここへ一度も訪れたことはなかったのに、既視感を覚えていた。 国王の娘、ジリア夫人は馬にまたがり宮殿の門をくぐり出ると、すぐさま自分の不幸を呪った。すっかり“美の行進”のことを忘れていたのであった。通りは混沌とし、人々が立ち止まっていた。行進が過ぎ去るまで小一時間は待たなければいけなかった。しかし彼女は、街の南方にある老乳母ラムクの家を訪れる約束をしていたのだった。ジリアはしばし考えをめぐらせ、街の通りを思い浮かべ、行進でふさがれている大通りを避けて通る近道を考えついた。 走り出してしばらくの間は賢明な策を取ったと思っていたが、小道を曲がるとそこには祝典のための仮説テントや舞台で通行止めになっていた。あっという間に、長年──5年をのぞいて──住み続けたこの街で迷子になってしまったのである。 路地から覗き込むと、大通りは依然「美の行進」で盛り上がっていた。そこが行進の最後尾であること、再び迷子にならないことを祈りながら馬を祝典の方へと向けた。彼女は路地の出口に蛇使いがいることに気づいていなかった。蛇がシューシューと音をたてながら頭を膨らませたその時、馬がおびえて後ろ足で立ち上がってしまった。 行進に加わっていた女性たちはハッと息をのむとすぐさま散ってしまったが、ジリア夫人はすぐに馬を鎮めた。彼女は自分のしでかした失態に赤面して、「ごめんなさいね。淑女のみなさん」と言って軍の敬礼をまねてみせた。 「ご心配なさらないでください」と金髪の髪に絹をまとった女性が答えた。「すぐに道を空けますわ」 ジリア夫人は行進が過ぎ去るのを見ながらも、自分と鏡で映したかのごとくそっくりなその女性に目を奪われていた。同じ年頃、同じ背丈、同じ目の色に容姿、どれをとってもほとんど同じだった。その女性も同じようにジリアを見つめ返していた。まるで同じことを考えているかのように。 それはジーナだった。時折ダガーフォールに立ち寄る年老いた魔女が、ドッペルゲンガーのことを話していた。自分に似た姿形で現れ、死の前兆を表すもの。しかし、彼女はまったく怯えなかった。この異国の地で起きたちょっと変わった出来事ぐらいにしか捉えなかったからだ。行進が宮殿の門に辿り着く頃には、そんな出来事もすっかり忘れてしまっていた。 売春婦たちが宮殿の中庭でひしめきあっていると、国王がバルコニーに姿を現した。彼の両隣には護衛隊長と魔闘士が彼からじっと目を離さずに側に仕えていた。国王は中年のなかでは美形なほうであったが、ジーナにしてみれば、正直に言ってそれほどたいしたほどでもなかった。しかし、国王を見たジーナは恐れおののいた。「あれは確か夢で…… そう、夢の中だわ」彼女は国王と夢の中で会ったことがあるのだ。今では2人の間に距離があるものの、夢の中で国王はひざまずいて彼女にキスをしたのだ。欲望からではなく、優しさと礼儀のこもったキスであった。 「淑女のみなさま、このカムローンの偉大な首都や大通りにあなたがたの美を降り注いでくれたことに感謝します」と国王は大声で言い放ち、集まった聴衆の笑いや話し声を一気に鎮めた。誇り高い笑みをたたえたその時、国王とジーナの目が合った。彼は話をやめ、震えた。永遠にも感じられそうなほどの時間、王妃が間に割って入り、演説を続けるよううながすまで2人は見つめあった。 女性たちは夜の祭典に向けて着替えのテントへと向かっていった。そこへ1人の古株の売春婦がジーナに近づいてきた。「国王のあの目、見た? もしあんたがうまく立ち回れば、この祝典が終わる頃には側室に仲間入りできるよ」 「今までさんざん『腹ぺこ』のやつらを見てきたけど、今回のはなんだか違う気がするのよ」とジーナは笑った。「それか馬に乗って突進してきた娘さんと間違えたんじゃないかしらね。彼女は確か王族の人でしょ。彼は多分自分の身内が売春婦の格好をして行進に参加してるのかと見間違えたんじゃないかしら。それはそれでスキャンダルよね」 二人がテントに戻ると、がっちりとした体格の、着飾った頭の禿げた若い男から挨拶を受けた。彼は自己紹介をした。彼の名はストレイル卿といい、皇帝から直々に遣わされた大使であって、彼女たちを雇っているパトロンだそうだ。国王とカムローン王国へのプレゼントとして今回彼女たちを雇い入れた張本人であった。 「『美の行進』は『花祭り』の前座にすぎません」国王と違って大声を出しはしなかったが、彼の地声は十分大きく、はっきりと聞こえた。「すばらしい演出を期待しておりますよ。今回の莫大な経費に見合うようなものを見せていただかないと。さあ、日が沈みきる前に支度してキャヴィルスティル・ロックに行ってください」 大使が心配するほどでもなく、女性たちは皆この仕事のプロフェッショナルだったので、着るものを脱いだり着たりするのは、普通の女性が求められるのより何倍も速かった。彼の召使いが着替えの手伝いをするよう申し出たが、実際彼が手伝うようなことは何一つなかった。女性たちの衣装はいたってシンプルであり、やわらかく、細いシーツのようであり、頭を出す穴が開いているだけであった。ベルトがなければ彼女たちの四肢を露にするだけのガウンのようなものだった。 日が沈むよりも早く売春婦たちはダンサーへと様変わりし、キャヴィルスティル・ロックにいた。そこは海に面する広々とした岬で、「花祭り」には最適の場所であり、まだ灯りのついてない松明が大きな輪になって、ふたのされたかごが置かれていた。女性たちと同様に早めに到着した客で、すでに会場は溢れんばかりであった。女性たちは円の中心へと集まり、時が来るのを待った。 ジーナは膨れ上がる観衆を見ていた。行進の時に出会った王女が彼女の元へと近づいてくるのを見てもさして驚かなかった。彼女は、年老いて短い髪も真っ白となった女性を引き連れていた。その老女は沖合いの島を指差したり、不安な様子であった。王女のほうは何といったらよいかといった緊張した面持ちであった。ジーナはこの手の不安を抱える客には慣れていたので彼女のほうから声を掛けた。 「またお会いしましたね。私、ダガーフォールのジーナと言います」 「さきほどの馬の件、どうかお気を悪くなさらないでくださいね」と言って王女は笑い、幾分安心したかのようだった。「私はジリア夫人・レイズと申します。国王の娘です」 「国王の娘ならば『王女』とお呼びしたほうがよいかしら」とジーナは笑顔で答えた。 「カムローンでは、王家を継ぐ場合のみ、そう呼ばれます。父には新しい女王との間にできた息子がおりますので」とジリアは答えながら、自分の言葉にめまいを覚えた。売春婦に王族の内部事情を詳しく話してしまうとは。「この話題に関連することですが、ちょっと不思議なことをお聞きしてよろしいかしら。今までタララという名を耳にした覚えはございませんか?」 ジーナはしばらく考え、「どこかで聞いたことがあるような名前だわ。なぜ私に?」と答えた。 「わかりません。もしかしたらあなたは知っているんじゃないかと思って」と言ってジリア夫人はためいきをついた。「今までにカムローンに住んだことは?」 「あったかも知れませんが、おそらくうんと小さい頃にですね」とジーナは答えたが、彼女は今は何事も率直に答えるべきだと感じた。ジリア夫人の親しみやすさや、率直な物言いが彼女をそういう気持ちにさせたのかもしれない。「正直に言いますと、9、10歳より前のことはあまりよく覚えておりません。おそらく、両親とこの地に住んでいたかもしれませんが、その両親もどんな人たちだったのか… 私もすごく幼かったので。でも、昔ここにいたような気がするんです。はっきりとは思い出せないのですが、この街も、あなたま、国王もみな…… 見たことがあるような気がします。昔ここにいたことがあるみたいに」と、ジーナは言った。 ジリア夫人はハッと息を飲み、後ずさりした。海を見つめ、ブツブツとつぶやく老女の手をグッと握り締めた。彼女はジリア夫人を驚いたように見て、その視線をジーナの方へと移した。彼女の年老いて半分ほどにしか開かれていない目は、何かをとらえたかのように光が宿り、驚きの声をあげた。その声に今度はジーナが驚いた。国王がもしかしたら夢で会ったかもしれない程度であれば、この老女は確かに知っている顔だった。守護霊のように確かでおぼろげな存在。 「ごめんなさい」と、ジリア夫人は口ごもりながら言った。「この人はわたしの子どもの頃の乳母で、名前はラムクと言います」 「彼女です!」と老女は目を見開き、大声で叫んだ。老女は前へ進み出ようと手を伸ばしたが、ジリアが背中を押さえた。ジーナは自分が裸同然の格好のように感じ、ローブを体のほうへたぐり寄せた。 「違うわよ」とささやいて、ジリア夫人はラムクをしっかりと抱いた。「タララ王女は亡くなったのよ。知ってるでしょ。あなたを連れてくるべきじゃなかたわ。おうちへ帰りましょう」ジーナの方を振り向いたジリア夫人の目には、大粒の涙がこぼれていた。「カムローン王家は、20年以上前に皆暗殺されてしまったのです。私の父はオロイン公爵、国王の弟です。亡き兄の後に、王位を継承しました。ごめんなさい、お騒がせしてしまって。おやすみなさい」 ジーナはジリア夫人と老女が観衆の中に消えていくのを見守った。しかし彼女には先ほどまでの話の内容を考える時間は少しもなかった。日は沈み、いよいよ「花祭り」の始まる時刻となった。暗闇から腰巻とマスクだけを身につけた20人の若い男が松明をかかげて現れた。炎が燃えさかり、ジーナと他の女性たちダンサーがかごへ駆け寄り、中に入っている花やつる草を両手いっぱいに抱えた。 初めに、女性たちはペアを組んで、風に向かって花びらを舞い散らせていた。音楽が盛り上がるにつれて観衆も参加してきた。そこは狂おしくも美しい混沌となった。ジーナは森の妖精のごとく夢中で飛び跳ねた。しかしその時、なんの警告もなしに、ごつごつとした手が彼女を背中から突き飛ばした。 何事かと理解する前に彼女は落ちていった。なんとか意識を失わずにはいたが、気がついた時には彼女は100フィートもの高さのある崖のふもと近くまで落ちていた。彼女は腕をばたつかせ、岩肌をとらえた。指で岩肌を探り、傷を作りながら、なんとか捕まれるところを見つけ、そこにはりついた。しばらくの間、その体勢のまま息を激しくついた。そして彼女は大声で叫び始めた。 音楽と祭りの騒ぎとで、どんなに大声を出しても、崖の上にいる人たちには届かなかった。彼女自身、自分の声が聞き取れなかった。彼女の下には波が激しく打ちつけていた。ここから落ちようものならすべての骨がぐしゃっと折れてしまうであろう。彼女が目を閉じると、あるイメージが浮かんできた。彼女の下に1人の男が立っている。深い知恵と慈悲を持った王が暖かい眼差しで彼女を見上げている。そして、髪は金色に輝き、いたずらが好きそうな顔つきで、親友でもあり身内でもある小さな女の子が現れて、今、ジーナのそばで岩にしがみついていた。 「いい? 飛び降りるコツはね、体の力を抜くことよ。それと幸運ね。大丈夫、あなたは助かるわ」少女は言った。彼女はうなずいて、少女が誰であったかを思い出した。八年間の暗闇が一気に晴れ上がったのだ。 彼女は手を離し、風の上に舞い落ちる木の葉のように落ちていった。 物語(歴史小説) 緑3 タララ王女の謎 第2巻 メラ・リキス 著 彼女は何も感じなかった。暗闇が彼女の体と心を包んでいた。突然足に痛みが走り、その感覚とともに全身をひどい寒さが包んだ。彼女は目を開け、自分が溺れていることに気付いた。 左足はまったく動かず、右足と腕を必死に動かして頭上に見える月にむかって泳いだ。水流が彼女を水底におし戻そうとしたので長い時間がかかったが、やっとのことで水面にたどりつき、夜の冷たい空気の中に顔を出すことができた。そこからはまだカムローン王国の首都の岩だらけの海岸線が見えたが、彼女が海に落ちたキャヴィルスティル・ロックからはずいぶん離れていた。 落ちたんじゃない。彼女は思った。落とされたのだ。 彼女はしばらく、海流に流されるままになっていた。このあたりの海岸は海面からすぐ切り立った崖になっていた。前方の海岸の上に大きな屋敷の影が見え、近づいてゆくと煙突から出る煙や窓にうつる暖炉の火の光が見えた。足の痛みもひどかったが、それよりもこの水の冷たさは耐えがたかった。暖炉の火にあたりたい一心で、彼女は再び泳ぎだした。 海岸まで泳いできたが、陸に上がろうとして立てないことに気付いた。岩と砂の間を這い進みながら、彼女の目からは涙が零れ落ち海水と混じりあった。花祭りのための衣装だった白い布はぼろぼろに破け、鉛でできた重りのように背中にのしかかった。彼女はとうとう疲れきって前のめりに倒れ、すすり泣きはじめた。 「助けて!」彼女は叫んだ。「聞こえますか、お願い、助けに来て!」 すこし間があってから、屋敷の扉が開き、女の人が出てきた。花祭りで会った、ラムクという名前の老婦人だった。花祭りで、彼女が誰かわかる前に「彼女が来たわ!」と最初に叫んだのがこの老婦人だった。しかし、海岸に倒れた彼女のもとに近づいてくるとき、老婦人の目にその時の輝きはなかった。 「なんてことでしょう、怪我してるのね?」ラムクはささやき、松葉杖のように彼女を支えて立ち上がらせた。「あなたの衣装には見覚えがあるわ。今夜の花祭りで踊っていませんでしたか? 私は王様のご令嬢ジリア・レイズ様と一緒にそこにいたんですよ」 「知ってます。彼女が私たちを紹介してくれたんです」と、彼女はうめくように言った。「私、ダガーフォールのジャイナです」 「ああ、そうでした。見たことがあると思いましたよ」老婦人は笑い、彼女を支えて一歩一歩海岸を進ませ、屋敷へ導いた。「この歳になると、あまり新しいことを覚えておけないの。さあ、暖かいところへどうぞ。足の怪我をみてみましょう」 ラムクはジャイナの体から濡れた布を取り、かわりに毛布で包んで暖炉の前に座らせた。冷えた体が温まって感覚が戻りはじめると、足の激しい痛みが襲ってきた。その時まで、彼女は怖くて怪我を見ることもできなかった。やっと足に目をやったとたん、彼女は吐き気を覚えた。深い切り傷から魚肉のような白い肉が見え、はじけそうに腫れていた。動脈から血が泡をたてて溢れ、床に流れ落ちていた。 「ひどいわね」老婦人が暖炉のそばに戻ってきて言った。「痛いでしょう、かわいそうに。昔の回復呪文を覚えていてよかったわ」 ラムクは床に座り、傷の両側に手を置いた。ジャイナは焼けるような痛みを感じたが、痛みはすぐに軽くなり、ちくちくする感覚だけが残った。彼女が傷のほうを見ると、ラムクが傷の両側に置いたしわだらけの手を互いに近づけているところだった。手が近づくにつれて、ジャイナの目の前で傷が治り始めた。肉が互いにくっつき、腫れが引きはじめたのだ。 「優しいキナレス」ジャイナは息をのんだ。「あなたはいなければ死ぬところでした」 「それだけじゃないわ、きれいな足に傷が残らないようにしておきましたよ」ラムクは笑った。「ジリア様が小さかったころ、よくこの呪文を使ったものですよ。私はあの方のお世話係でしたから」 「そうでしたね」ジャイナはほほえんだ。「でも、ずっと昔でしょう。よく呪文を覚えてらっしゃいますね」 「何かを覚えようとおもったら、たくさん勉強して失敗を重ねないといけないものでしょう、回復の分野でも何でもね。でも、私ぐらい歳をとれば、思い出さなくてもよくなるの。知識が自分のものになるのね。それに、この呪文は本当に何千回も唱えたんですよ。小さいころのジリア様とタララ王女ときたら、いつも切り傷やあざを作っておいででしたから。王宮の登れるところにはどこでも登っておしまいになるんですから、当たり前ですよね」 ジャイナはため息をついた。「ジリア様をとてもかわいがっておられたんですね」 「今でもですよ」ラムクはにっこり笑った。「でも今はもうあの方も大きくなられて、あのころとは違います。ああ、そういえば、さっきはびしょ濡れだったからわかりませんでしたけど、あなたはあの方によく似ていますね。フェスティバルでお会いしたときに言ったかしら?」 「ええ」と、ジャイナは言った。「というより、タララ王女に似ているとお思いになったのでは?」 「ああ、あなたがタララ王女で、ここへお戻りになったのだとしたらどんなに素晴らしいでしょう」ラムクは声をつまらせた。「前の王家の人々がみんな殺されて、皆タララ王女も殺されたに違いないと言っていました。でも遺体は見つからなかったんです。一番の犠牲者はジリア様でしたよ。ひどくお心を痛められて、しばらくのあいだ、正気まで失っておられるようでしたもの」 「どういうことですか?」と、ジャイナはたずねた。「何があったのですか?」 「よそから来た方にお話していいことかどうか。でもカムローンでは皆が知っていることですし、あなたは他人のような気がしませんし… 」ラムクはしばらく迷い、やがて話しはじめた。「ジリア様は目の前で暗殺をご覧になったんです。私が見つけたとき、あの方は血の海になった王の間に隠れて、まるで壊れた人形のようなご様子でした。なにもお話にならず、なにも召し上がりませんでした。私は回復の呪文を唱えましたが、私の力ではあの方のお心を治すことができませんでした。膝の擦り傷とはわけが違ったのです。当時オロインの公爵であられたお父様は、ジリア様を田舎の療養所へ送ってそこで過ごさせることになさいました」 「かわいそうに」ジャイナは涙を流した。 「ジリア様がもとのジリア様に戻るまで、何年もかかりました」ラムクはうなずきながら続けた。「しかしジリア様は、完全にはお治りにならなかったんです。お父様が王になられたとき、ジリア様を王位継承者になさらなかったのは、まだジリア様が完治されていないとお考えになったからです。ある意味、それは正しかったのです。ジリア様はまだ何も思い出せておられませんから」 「もしも──」ジャイナは注意ぶかく言葉を選んで言った。「いとこのタララ王女が生きているとわかったら、ジリア様はよくなるでしょうか?」 ラムクは少し考え、答えた。「そうでしょうね。でも、タララ王女はきっとお亡くなりになったのでしょう。夢みたいなことを望むのはよくありません」 ジャイナは立ち上がった。彼女の足は、まるで怪我などしていなかったかのようだった。彼女の服はすでに乾いており、ラムクが外は夜で寒いからと言ってマントをくれた。扉を出るとき、ジャイナは老婦人の頬にキスをして感謝した。回復の呪文とマントだけではなく、彼女が今までにしてくれた全てのことに対する感謝だった。 屋敷の近くの道は南北に伸びていた。左に行けばカムローンだ。そこにある謎の鍵を握るのは、ジャイナただ一人だった。右へ行けば南のダガーフォール、彼女が20年以上住んでいる町だった。その町の通りにある彼女の店へ戻るのは簡単だったが、少し悩んだあと、彼女は心を決めた。 それほど歩かないうちに、3頭の帝都の紋章のついた馬に引かれた黒い馬車と8頭の騎馬が彼女を追い抜いて行った。前方の森の中の小道に差しかかる前に、彼らは急に馬を止めた。ジャイナは、馬に乗った兵士の一人がストレイル卿の家来のノルブースだと気付いた。馬車の扉が開き、皇帝の大使ストレイル卿その人が降りてきた。彼が、ジャイナと他の女たちを王宮の踊り子として雇った人物だった。 「おまえは!」と、ストレイル卿は不機嫌に言った。「私が雇った娼婦だな? 花祭りの最中にいなくなっただろう? ジャイナ、そうだな?」 「その通りです」ジャイナは苦笑いした。「ただ、私の名前はジャイナではありませんでした」 「そんなことはどうでもいい」と、ストレイル卿は言った。「この南の道で何をしているんだ? 王宮の皆を喜ばせるためにお前に金を払ったんだぞ」 「私がカムローンに戻ったら、喜ばない人がたくさんいますよ」 「どういうことだ」と、ストレイル卿はたずねた。 そして彼女はどういうことか説明し、ストレイル卿は耳を傾けた。 物語(歴史小説) 緑2 タララ王女の謎 第3巻 メラ・リキス 著 カムローンで行きつけの酒場「ブレイキング・ブランチ亭」を出た直後、ノルブースは彼の名を呼ばれたが、その名は聞き違える類のものではなかった。見まわすと、城付魔闘士のエリル卿が路地の闇から姿を現した。 「エリル様……」と、ノルブースは恭しく微笑んで言った。 「今宵、おまえが出歩いているのを見かけるとは驚いたぞ、ノルブース」と、エリル卿は歪んだ笑みを浮かべて言った。「千年記念の祭り以来、おまえとおまえの御主人殿を見かけることはほとんどなかったが、多忙だったと聞いてはいる。私が聞きたいのは、多忙であった理由だ」 「カムローンでの帝都の利権を守るのは忙しい仕事にございます。大使の細かな時ごときの些事が、エリル様のご興味にかなうとは思えません」 「それが、かなうのだよ」と魔闘士が答えた。「大使殿が最近非常に奇妙な、配慮を欠いた言動をされているのでなおさらなのだ。しかも、花の祭典の娼婦の一人を家に招き入れたそうではないか。名をジーナといったかな?」 ノルブースは肩をすくめて言った。「親方様は恋をされているのかとお見受け致しますが。恋が男に非常に奇妙な言動をさせることは、勿論ご存じであろうかと」 「確かに美しい女ではあるな」エリル卿は笑った。「亡きタララ王女によく似ていると思わぬか?」 「カムローンには僅か十五年しかおりませんので、王女様の生前のお姿は拝見しておりません」 「詩吟でも詠み始めたというならわからんでもないが、宮殿の厨房で年老いた召使いと話して暮らすのが恋だというのか? 私の限られた経験からも、それが身を溶かすような熱愛の現れであるとは思えんがな」と、エリル卿は呆れたように言った。「それに、大使殿は一体あそこに何の用で… あの村の名前が思い出せんが」 「アンビントンでしょうか?」ノルブースは答えたが、直後に後悔した。エリル卿はそのような気配は微塵も見せてはいなかったが、ノルブースは城付魔闘士がストレイル卿が帝都を離れていることを知らなかったのだろうと、直感的に察した。この場を離れて大使殿に報せる必要があったが、焦りは禁物であった。「現地に移動されるのは明日のはずです。確か、帝都の承認が必要な証文に印を押すだけの用件だったかと」 「それだけなのか? 実に退屈な用事だな。それならお帰りになった時にお会いするとしよう」と、エリル卿は会釈をして言った。「詳しく聞かせてもらえて助かったよ。失礼する」 城付魔闘士が角を曲がった直後、ノルブースは愛馬に飛び乗っていた。一、二杯ほど飲み過ぎてはいたが、エリル卿の暗殺者より先にアンビントンに辿り着かなければならないのは明白であった。彼は道路沿いに進めば主人に追いつけるよう祈りつつ、帝都を出て東へと馬を走らせた。 カビと酸っぱくなったビールの臭いがする酒場の座席で、ストレイル卿は帝都の密偵であるブリシエンナ夫人の、密談をする際に多数の人間が集まる場を選ぶという手法に感心していた。アンビントンでは収穫期に入っており、畑仕事を手伝う労働者たちは僅かな給料を酒代に馬鹿騒ぎしつつあった。卿はその場に合わせ、粗い作りのズボンと質素な平民の上衣を着ていたが、それでも人目を引いている気がしてならなかった。連れである二人の女性に比べれば、確かにその通りであった。彼の右手に座る女性はダガーフォールの卑しい界隈に一介の娼婦として出入りするのに慣れていたし、左手に座るブリシエンナ夫人はそれをさらに上回る場慣れぶりであった。 「何とお呼びすべきでしょうか?」と、ブリシエンナ夫人が心配そうに聞いた。 「ジーナと呼ばれるのに慣れていますが、それも変えないといけないかもしれませんね」と、その女性は答えた。「もちろん、そのまま変わらないかもしれないけれど。墓石には娼婦のジーナと書かれるのかもね」 「花の祭典のようにあなたが襲われることのないよう、手を打ちます」と、ストレイル卿が眉をしかめて言った。「ですが皇帝の御助力無しでは、いつまでお守りできるかわかりません。唯一の抜本的な解決法は、あなたを狙っている者共を捕らえ、あなたにも相応の地位についていただくことです」 「私の話を信じていただけるのでしょうか?」ジーナはブリシエンナ夫人の方に向き直った。 「私はもう何年も、皇帝陛下のハイ・ロックでの密偵長を務めてきましたが、これほど奇妙な話を聞くことは稀です。もし大使殿の調査であのような事実が判明していなければ、すぐにあなたが正気を失っているのだと決めつけたでしょう」ブリシエンナ夫人は笑い、ジーナもこれに合わせて微笑んだ。「ですが、今は信じています。正気を失っているのは私なのかもしれませんが」 「御助力いただけるのですかな?」と、ストレイル卿が短く尋ねた。 「地方領に干渉するというのは難しい仕事なのです」と、ブリシエンナ夫人は手元の杯を覗き込みながら言った。「帝都そのものに対する脅威が存在しない限り、関与しないのが無難と考えています。この一件はすなわち、20年前に起きた非常に厄介な暗殺と、その余波なのです。皇帝陛下が諸領の世継ぎ問題全てに関与されてしまっては、タムリエル全体のために何もできなくなってしまうでしょう」 「わかります」と、ジーナはつぶやいた。「自分の正体と境遇を含め、全てを思い出した時、私は何もしないと決意しました。実のところ、カムローンを離れて故郷のダガーフォールに戻ろうとしていたところでストレイル卿と再会したのです。この一件を解決しようと行動を開始したのは、私ではなく彼なのです。卿に連れられて来た時、従妹に会って私が誰であるのか話したかったのですが、卿に禁じられました」 「それは危険過ぎるでしょう」ストレイル卿がうなった。「陰謀がどれほど深いものなのかをわかっていない。永遠に判明しないのかもしれん」 「申し訳ありません、短い質問に長い説明を返してしまう悪い癖がありまして。ストレイル卿に助力いただけるのか、と問われた時、最初に「はい」とお返事すべきでした」ブリシエンナ夫人はストレイルおよびジーナの表情の変わりように笑いをこぼした。「勿論お力になります。ですが、事態を良い方に向かわせるには、皇帝陛下の命のもとで二点、お願いしたいことがあります。一点目は、あなた方が暴いた陰謀の黒幕が何者であるのかを、絶対確実に証明していただきたいのです。誰かに自白をさせる必要があるわけです」 「二点目は……」ストレイル卿がうなずきながら言った。「この一件が地元の些事などではなく、皇帝陛下にご配慮いだたくにふさわしい問題であることを証明することだ」 ストレイル卿、ブリシエンナ夫人そしてジーナと名乗った女性は、その後数時間かけて目的の達成方法を話し合った。とるべき行動が決まると、ブリシエンナ夫人は仲間の一人であるプロセッカスを探しに席を立ち、ストレイル卿とジーナは西にあるカムローンに向けて出発した。森の中に入って間もなくして、遥か前方から疾走する馬の蹄の音が聞こえてきた。ストレイル卿は剣を抜き、ジーナに合図をして馬を自分の後方に配置するよう合図を送った。 その直後、敵が四方八方から襲いかかってきた。斧を持った男が8人潜んでいて、奇襲をしかけてきたのである。 ストレイル卿は素早くジーナを引き寄せ、自分のすぐ後ろへと移乗させた。そして手馴れた様子で、両手で短く模様を描いた。二人の周囲に火炎の輪が現れて外側へと広がり、暗殺者たちに命中した。男たちは悲鳴を上げて膝をつき、ストレイル卿は最も近くにいた敵を馬ごと飛び越えて全速力で西へ向かった。 「ただの大使様じゃなく、魔術師だったなんて!」ジーナは笑った。 「これで交渉が望ましい局面もあると、今でも信じていますよ」と、ストレイル卿が返した。 先ほど遠方に聞こえていた馬とその乗り手に道路上で遭遇してみると、相手はノルブースだった。「御主人様、城付魔闘士です! あなた方がアンビントンにいらっしゃることを知られてしまいました!」 「それも容易くな」エリル卿の声が森の中から鳴り響いた。ノルブース、ジーナそしてストレイル卿の三人は暗い木々の合間を見まわしたが、人影は見当たらなかった。魔闘士の声はそこら中から聞こえるものの、その出どころを特定することはできなかった。 「申し訳ございません、御主人様」ノルブースがうめいた。「できるだけ速くお報せにあがったのですが……」 「来世では飲んだくれに計画を知らせないよう、おぼえておくがいいさ!」エリル卿は笑った。そして三人に狙いを定め、呪文を放った。 指先から出た火球の光に照らされた魔闘士の姿を最初に見つけたのはノルブースであった。エリル卿は後に、あの愚か者は何をしようとしていたのだろうか、と自問することになる。ストレイル卿を火球の通り道から引っ張り出そうと突進したのか。あるいは破滅を免れようとしつつも、右へ避けるべきところで左へ避けただけなのか。それとも、可能性は低そうであったが、主人を救うために身を投げ出したのか。理由はどうあれ、結果は変わらなかった。 彼は火球の通り道にいたのである。 巨大な力の爆発が夜の森を明るく照らし、強烈な反響音が周囲一マイル以内の気を揺らし、そこにとまっていた鳥を揺さぶり落とした。ノルブースとその馬が立っていた地点には、黒ずんだ草のみが残されていた。蒸発どころではすまなかったのだ。ジーナとストレイル卿は爆圧で後方に投げ出され、乗っていた馬は我に返ると一目散にその場から走り去ってしまった。呪文の爆発の残光の中で、ストレイル卿は森の中の一点を凝視していた。驚いた表情の城付闘士と目を合わせていたのだ。 「くそっ」エリル卿はそう漏らすと走り出した。大使も跳ね起きてその後を追った。 「たとえ貴様とはいえ、今の呪文はマジカを大量に消耗しただろう」と、ストレイル卿は走りながら言った。「遠射呪文を放つ場合、目標が遮蔽されないことを確かめることくらい、貴様なら知っているはずだろう?」 「まさかあのうすのろが……」エリル卿は背後から殴りつけられ、言い終わる前に湿った森の地面に転がった。 「まさかではすまないのだよ」ストレイル卿は落ち着いた口調で言い、魔闘士を仰向けに引っくり返し、自分の両膝でその両膝を地面に抑えつけた。「私は魔闘士ではないが、もてる力の全てを貴様の仕組んだ不意打ち相手に使うべきではないことくらいわかっていた。もしかすると考え方の差かもしれんがな。国の遣いとして、私は浪費を好まないのだ」 「何をするつもりだ?」と、エリル卿が情けない声で聞いた。 「ノルブースは指折りのいい部下だった。貴様には苦痛を味わってもらう」大使が僅かに体を動かすと、その両手が眩く輝き始めた。「それだけは確かだ。その後でどれだけ貴様を痛めつけるかは、貴様がこれから喋る内容による。先のオロイン公爵について聞かせてもらおうか」 「何を話せばいい?」エリル卿が絶叫した。 「ひとまず洗いざらい吐け」。ストレイル卿は落ち着きはらった様子で返した。 物語(歴史小説) 緑2 タララ王女の謎 第4巻 メラ・リキス 著 ジーナが皇帝の密偵、ブリシエンナ夫人に会うことは二度となかったが、彼女は約束を守った。帝都に仕える処刑人、プロセッカスは、ストレイル卿の屋敷に変装してやってきた。ジーナは有能だった。数日もあれば知るべきことは学べてしまいそうだった。 「こいつは単純な魅了の呪文でして、激怒したデイドロスを恋にのぼせた子犬に変えてしまう、ということはありません」と、プロセッカスは言った。「相手を怒らせるようなことを実行するか、そういったことを口にすれば、効果が弱まるでしょう。ちょうど幻惑の流派の呪文のように、あなたに対する相手の認識を一時的にゆがめますが、敬意や憧憬の念を抱かせようとしたら、もう少しマジカ性の弱い魅了を使って対処しなければならないのです」 「わかったわ」ジーナは微笑むと、ふたつの幻惑の呪文を教授してくれて師に感謝した。身につけたばかりのスキルを実践するときがやってきた。 カムローンにある娼婦のギルド屋敷は立派な宮殿で、裕福な街の北部地区にあった。サイロン王子は目隠ししていようが、いつものように泥酔していようが、そこまでたどりつけた。が、今夜の王子はほろ酔いといったところで、これ以上は一滴も飲まないと決めていた。今夜は楽しみたい気分だった。彼らしいやり方で。 「私のお気に入りはどこだね、グリジア?」彼は入ってくるなり、ギルドの女将に申しつけた。 「あの娘は先週のご指名で負った傷がまだ癒えておりませんのよ」と、女将は穏やかに言った。「他の娘はみな出払っておりますわ。けれど、あなたのためにとっておきの娘を残しておきましたの。新人ですけど、きっとお楽しみいただけますわ」 王子が案内されたのはビロードとシルクでぜいたくに装飾された特別室だった。王子が入ってくるのをみて、ジーナはついたての陰から歩み出ると、素早く呪文をとなえた。プロセッカスに教わったように、おおらかな心で信じながら。最初は魔法が効いているのかどうかなんとも言えなかった。王子は残忍な笑みを浮かべてジーナを見ていたが、雲間から太陽がのぞくように、残虐性がさっと晴れた。王子はジーナの手中にあった。彼女に名前を訊いてきた。 「名前と名前の板ばさみになっておりますの」ジーナはからかった。「本物の王子様と愛し合ったことなんてございませんわ。王宮に入ったことすらありませんの。さぞかし…… ご立派なんでしょうね」 「まだ私のものではない」王子は肩をすくめた。「が、いつかきっと王になる」 「あんな王宮で暮らせたら素敵でしょうね」と、ジーナは甘えた声で言った。「一千年の歴史。見るものすべてが古めかしくて美しい。絵画、書物、彫像、タペストリー。皇室の方々は過去の財宝をみんな手放さずに持っておりますの?」 「ああ。くだらないがらくたと一緒に宝物庫の資料室にしまってある。そろそろ、おまえの裸を見せておくれ」 「まずはおしゃべりを楽しんでから。王子様がお脱ぎになりたいとおっしゃるなら、どうぞご自由に」ジーナは言った。「資料室があるとは聞いておりましたけど、巧みに隠されているとか」 「皇族の墓所の裏手にまやかしの壁がある」と、王子は言った。彼女の手首をつかんで引き寄せると、彼女の唇を奪った。と、その目つきが変わった。 「腕が痛みますわ」と、ジーナは叫んだ。 「おしゃべりはおしまいだ、妖艶な売春婦め」王子は怒鳴った。鋭い恐怖心を押さえつけながら、ジーナはつとめて冷静であろうとし、知覚イメージが流れるにまかせた。王子の怒れる口が彼女の唇に触れると、ジーナは幻惑の師から学んだふたつめの呪文をとなえた。 王子は肉体が石と化したのを感じた。その場に凍りついたまま、ジーナが乱れた服装を直して部屋から出ていくのを見ていた。麻痺状態はあと数分しか続かないが、ジーナにとってはそれだけで充分だった。 ジーナとストレイル卿の指示どおり、ギルドの女将はすでに娼婦たちを連れて逃げていた。事態が沈静化すれば、戻ってくるようにとの連絡が彼らから入ることになっていた。この計略の一端を担ってくれたにもかかわらず、女将は一銭も受け取ろうとしなかった。娼婦たちはあの残虐な変態王子に二度と拷問されないですむなら、それだけで充分だからと。 「とんでもない坊やね」法衣の頭巾を上げながら、ジーナは思った。ストレイル卿の屋敷に向かって通りを突っ走っていた。「あの坊やが王になることがなくてよかったわ」 翌朝、カムローンの王と王妃はいつものごとく貴族やら外交官やらと接見していた。人の集まりが悪く、謁見室はがらがらだった。一日を始めるやり方としてはあまりに気だるかった。ひとつの陳述が終わると、いかにも王らしいあくびをした。 「肝心な人たちはどうしてしまったの?」王妃がつぶやいた。「私たちの大切な坊やは?」 「北区のあたりで荒れに荒れているらしい。娼婦に騙されてあとを追ってるようだな」王は愛のある含み笑いをもらした。「なんともできのいい息子だわい」 「それなら、あなたの魔闘士は?」 「きわめて難しい任務にあたらせている」王は眉を寄せた。「が、かれこれ一週間になるし、まるで音沙汰がない。穏やかではないな」 「もちろんだわ。エリル卿をそんなに長い間遠ざけておくべきじゃないもの」王妃は顔をしかめた。「危険な妖術師が私たちを脅してきたらどうするの? あなたは笑うかもしれないけれど、ハイ・ロックの王族が魔術師の家臣をいつも傍らに待機させているのはそのためでしょう。邪悪な付呪から王宮を守るためだわ。こないだだって、哀れな皇帝が付呪に苦しめられたじゃないの」 「側近の魔闘士の手でな」王はくすくすと笑った。 「エリル卿はあんなふうにあなたを裏切ったりはしないわ。わかってるでしょう。あなたがオロインの公爵だった時代から仕えてきてるのよ。エリル卿とジャガル・サルンをそうやって比較するなんて、まったく…」王妃ははねつけるように手を振った。「タムリエル各地の王国をむしばんでいるのは、その類の信頼感の欠如なの。ストレイル卿なら──」 「そういえば彼も行方不明になっているな」王は沈思黙考した。 「大使のこと?」王妃はかぶりを振った。「いいえ、ここにいるわよ。どうしても墓所を訪れてあなたの高貴なる祖先に敬意をささげたいって言うから、場所を教えてあげたわ。おかしいくらい時間がかかってるけど、それだけ敬虔だってことかしらね」 王妃は驚いた。王が立ち上がったのだ。その顔に危機感を浮かべて。「どうして黙ってたんだ?」 王妃が答えようとするまでもなく、話題の主が開け放たれた扉から謁見室に入ってきた。一流貴族が着るような緋色と金色の壮麗なガウンをまとった金髪の女性をその腕に従えて。王妃は、あ然としている夫の視線を追っていき、同じようにあ然とした。 「大使は『花祭り』の娼婦の一人にご執心だったと思ったけど、淑女ではなくて」と、王妃はささやいた。「しかも、あなたの娘にそっくりだわ、ジリア夫人に」 「ああ、瓜二つだ」王は息をのんだ。「ジリアのいとこのタララ姫だ」 謁見室の貴族たちはこそこそと話をしていた。姫が失踪したのは20年前で、王族の他のメンバー同様に殺されたというのが大方の見方だった。その当時から王宮で働いていたものは少なかったが、何人かの古参の政治家がはっきりと覚えていた。玉座の上に限らず、「タララ」という言葉が付呪のように空気中を伝播していた。 「ストレイル卿、そちらのご淑女を紹介していただけませんか?」王妃は丁寧な笑みを浮かべて訊いた。 「しばしお待ちを、王妃様。まずは、火急の件を論じなければなりませんので」ストレイル卿は頭を下げた。「できれば内密に行いたいのですが」 王は帝都の大使をじっと見て、表情から真意を読み取ろうとした。手を振りかざして貴族たちを退出させ、扉を閉じさせた。謁見室に残されたのは王、王妃、大使、数名の近衛兵、それと謎の女性だった。 大使がポケットから一枚の黄ばんだ羊皮紙を取り出した。「王様、兄上とご家族が殺されてあなたが戴冠されたとき、当然のことですが、証文や遺言のような重要書類はすべて、書記官や大臣の管理のもとで保管されました。亡き王の副次的な重要ではない私的文書については、慣習にのっとって、資料室に送られました。この手紙はその中から見つかったものです」 「いったいどういうことなのかね?」と、王は大声で言った。「手紙には何と?」 「王様のことではありません。実際のところ、王様が戴冠なさった時点では、誰かが手紙を読んだところでその意義が理解できなかったでしょうな。手紙はあなたの兄上である亡き王が皇帝に宛てたもので、暗殺の直前に書かれました。ここカムローンのセシエテ神殿にかつて魔術師および僧侶として仕えていた、義賊についての手紙です。その義賊の名は、ジャガル・サルン」 「ジャガル・サルン?」王妃はそわそわしながら笑った。「あらあら、ちょうどサーンのことを話してたのよ」 「サーンは、強力な呪文や忘れられし呪文に関する書物を何冊も盗み出しました。それから、混沌の杖のような秘宝にまつわる伝承も。杖の隠し場所や使い方を知るために。情報はゆっくりと西方のハイ・ロックまでやってきます。皇帝の新たな魔闘士の名がジャガル・サルンだという情報が亡き王の耳に入る頃には、もう何年も過ぎていました。亡き王は手紙をしたためて、背徳の魔闘士について皇帝に警告しようとしました。が、手紙が完結することはなかったのです」ストレイル卿は手紙を高く掲げた。「手紙の日付は385年の、王が暗殺された日です。ジャガル・サルンが皇帝を裏切って『虚構帝都』による10年間の暴政を開始する4年前のことです」 「じつに興味深い話だが」王は吠えるように言った。「私と何の関係があるのだ?」 「帝都は現在、亡き王の暗殺にただならぬ関心を寄せています。そして、あなたの忠実なる魔闘士、エリル卿から自白を取らせていただきました」 王は顔色を失った。「このみすぼらしい虫けらめ、何人たりとも私を脅せるものか。おまえも、その娼婦も、その手紙も、もう二度と陽光をおがむことはあるまい。衛兵!」 近衛兵が剣を抜き放ち、つめ寄ってきた。と、いきなり光がきらめき、プロセッカス率いる帝都の処刑人たちがわらわらとわいてきた。彼らは何時間も部屋に潜んでいたのだ。誰にも気づかれないように影の中で息を殺して。 「帝都の偉大なる太陽、ユリエル・セプティム七世の名において、あなたを逮捕します」と、ストレイルは言った。 扉が開かれ、うなだれた王と王妃が連れ出された。ふたりの息子であるサイロン王子が寄りつきそうな場所を、ジーナはプロセッカスに教えた。謁見室にいた廷臣や貴族は、彼らの王と王妃が奇妙なほど厳粛に王立刑務所へと行進していくさまをながめていた。口を開くものはいなかった。 とうとう声が上がったとき、誰もが仰天した。ジリア夫人が王宮に到着したのだ。「どういうことなの? 王と王妃の権威を奪ったりして、一体どういうつもりなの?」 ストレイル卿はプロセッカスのほうを向いた。「われらとジリア夫人だけで話をしたほうがいい。なすべきことはわかっているな?」 プロセッカスはうなずくと、謁見室への扉をまたもや閉めた。廷臣たちは木の扉に体を押しつけ、ひと言たりとも聞き逃さないよう耳をそばだてた。黙ってはいたが、彼らもまた、ジリア夫人と変わらぬくらい事情を知りたがっていたのだ。 物語(歴史小説) 緑2 タララ王女の謎 第5巻 メラ・リキス 著 「何の権利を持って父を拘束するのですか?」ジリア夫人は叫んだ。「彼が何をしたと言うの?」 「私はインペリアル司令官、および大使として、カムローンの王者、オロインの元デュークを拘束する」ストレイク卿は言った。「地方の貴族権限のすべてに優先するタムリエルの皇帝の秩序権限に基づいて」 ジーナは前に進みジリアの腕に手を添えようと試みたが、冷たく突き返された。彼女は、今は誰もいない謁見室の玉座の前に、静かに座り込んだ。 「完全に記憶を取り戻したこの若い女性が私のもとを訪れてきたのだが、彼女の話は信じ難いを超越していた、単純に信じられなかったのだ」と、ストレイク卿は話した。「しかし、彼女は確信していたので、私も調査してみるしかなかった。その話に多少なりとも真実性があるか、20年前、この王宮にいた全員と話した。当然、王者と女王が殺害され、王女が失そうしたときは完全な取り調べが行われたが、今回は違う質問があった。その質問とは、2人の従姉妹、ジリア・レイズ夫人と王女の関係だ」 「何度も何度もみんなに言いました、人生で、あの時期だけ何も覚えていないのです」と、涙を浮かべながらジリアは言った。 「それは分かっている。あなたが恐ろしい凶行を目撃し、あなたと彼女の記憶が消えたことは一度も疑ったことがないし」ストレイル卿はジーナを手招きしながら言った。「疑う余地もない。王宮の召使いや他の人たちから、少女たちは密接な間柄だったと聞いた。他に遊ぶ友達もいなく、王女は常に親のそばに居なければいけなかったので、幼い頃のジリア夫人もそのすぐそばにいた。暗殺者が王族を殺しに来たとき、王者と女王は寝室に、そして少女らは謁見室にいた」 「記憶が戻ったときは、まるで封印された箱を開けたようだったわ」と、ジーナは厳かに言った。「20年前ではなく、昨日起きた出来事のようにすべてが鮮明で詳細だったの。私は玉座に座って女帝を演じていて、あなたは演壇の裏に隠れて、私があなたを投獄した地下牢に入れられているフリをしていたの。血まみれの刀をもった知らない男が、部屋に王の寝室から飛び込んできたわ。私に向かってきたから必死で逃げたの。演壇に向かって走り始めたのを覚えているけど、あなたの恐怖で凍りついた顔が見えて、彼をあなたに導きたくなかったわ。だから、窓に向かって走ったの」 「前、一緒にふざけて城壁を登ったことがあったわね、あの崖にしがみついている姿が、一番初めに戻ってきた記憶だったわ。あなたと私が城壁に登って、下から王が降り方を言ってくれたわね。でも、あの日は、あまりにも震えていて、つかまっていられなかったの。私は落ちて、川に着水したの」 「目撃した恐怖のせいか、それとも落下した衝撃と水の冷たさが折り重なってかは分からないけど、頭の中が真っ白になったの。かなり離れた場所でようやく川から自分を引っ張り出したとき、自分が誰だか分からなかったわ。それがそのまま続いたの」ジーナは笑った。「今まではね」 「では、あなたがタララ王女なのですか?」と、ジリアは叫んだ。 「私が混乱したように、単に結果だけを言ってしまうとあなたも混乱してしまうので、その問いに彼女が答える前に、もうちょっと私に説明をさせてもらおう」ストレイル卿が言った。「暗殺者は王宮から逃げられる前に捕まった── 実のところ、捕まると分かっていたはずだ。彼は即座に王族を殺害したことを認めた。彼が言うに、王女は窓から投げ出して殺したと。下に居た召使いが悲鳴を聞き、何かが窓の前を飛び落ちていくのを見ているので、彼はそれが事実であると知っていた」 「子守り役のラムクによって演壇の裏に隠れていた幼いジリア夫人が、恐怖で震えながら喋れずに、誇りまみれで発見されるまで数時間かかった。ラムクはとてもあなたのことを注意深く守っていた」ストラルはジリアに向かってうなずきながら語った。「彼女は、即刻あなたを部屋へ連れて行くよう主張して、オロインのデュークへ、王族が殺害され、彼の娘が殺人を目撃したが生き延びたとの伝言を走らせた」 「そのことは、少しだけ思い出してきました」と、不思議そうにジリアは言った。「ラムクに慰められながらベッドで横になっていたのを覚えています。すごく混乱していて、集中できなかったのです。なぜかは分かりませんが、ずっとお遊びの時間であって欲しいと思っていたのを覚えています。そして、荷物をまとめられて、養育院へ連れられて行かれたのを覚えています」 「もうすぐすべて思い出すわ」ジーナは微笑んだ。「保証するわ。それが思い出し始めた方法よ。一つだけ詳細を掴んだら、すべてが流れこんできたの」 「それです」ジリアは失意で泣きだした。「混乱以外の何も覚えていません。いえ、連れ去られるとき、父が私のことを見てもくれなかったことも覚えています。そして、そのことも、他のことも気にしていなかったことを覚えています」 「皆にとって混迷期だった、特に少女たちにとっては。とりわけ、あなたたち二人が体験したような羽目にあった少女たちには……」と、同情してストレイル卿は言った。「私の理解では、ラムクからの伝言を聞いたデュークは、オロインの王宮を後にして、あなたがこの出来事から回復するまで私設療養所へ送るよう命じ、情報を引き出すために、私設衛兵とともに暗殺者の拷問に着手した。最初の自白をしたとき以降、デュークと私設衛兵以外は暗殺者を見ていなく、暗殺者が脱走しようとして殺されたとき、デュークと彼の衛兵以外誰も居なかったということを初めて聞いたとき、私はそれを重要視した」 「その場に居たことが分かっていたうちの一人、エリル卿と話をしたが、手にしている以上の証拠品を持っているように見せかけ、脅さなければならなかった。危険な作戦ではあったが、願っていたような反応が得られた。とうとう彼は、私が真実であると分かっていたことを自供した」 「暗殺者は……」ストレイル卿は中断し、そして仕方なくジリアの目を見て言った。「相続人の王女も含めて、王族を殺害するために、オロインのデュークによって雇われていたのだ。彼や子供たちに王冠が渡るように」 ジリアは驚き、ストレイル卿を見つめた。「私の父が──」 「暗殺者は、デュークが彼を拘留したら、すぐに報酬が支払われ、脱獄が準備されると言われていた。だが、この悪党は欲を出す場所を間違えて、ゴールドをもっと手に入れようとした。デュークは沈黙させてしまうほうが安上がりだと判断し、彼が事の真相を誰にも話せないように、その場で即刻殺してしまった」ストレイル卿は肩をすくめた。「たいした損失ではないな。それから数年後、幼児期の記憶が完全に欠如していることを除けば、少々動揺してはいるものの、普通に戻ったあなたが療養所から戻った。そしてその間に、オロインの元デュークは兄の変わりにカムローンの王者となっていた。容易くできたことではない」 「ええ」と、ジリアは静かに言った。「もの凄く忙しかったのだと思います。彼は再婚して、もう1人子供がいました。ラムク以外は誰も療養所へ見舞いにきませんでした」 「もし彼が見舞いにいって、あなたを見ていたら……」と、ジーナが言った。「この話はまったく違う展開になっていたかもね」 「どういう意味ですか?」と、ジリアは問いかけた。 「ここが一番驚くべきところだ」と、ストレイル卿が言った。「以前から、ジーナがタララ王女なのかどうかが問われていた。彼女の記憶が戻り、覚えていることを私に話してくれたとき、私はいくつかの証拠をつなぎ合わせた。これらの事実を考えてみよう」 「まったく違う人生を歩んできたあなたたち2人は20年後の今も著しく似ているし、変わらぬ遊び友達、そして少女だったあなたたちは瓜二つだった」 「暗殺のとき、そこに行ったことがなかった暗殺者は、玉座の上に1人の少女しか見ておらず、彼はその子を獲物と思いこんだ」 「ジリア夫人を見つけだしたのは不安定な精神の持ち主で、自分の役目に狂信的な愛着をもっていた子守り役のラムクだった── その種の人は、自分が愛してやまない少女が、行方不明になったほうかもしれないという可能性を絶対に受けいれない。子守り役はあなたを療養所で見舞った、タララ王女とジリア夫人の2人を知る唯一の人物だった」 「最後に」と、ストレイル卿は言い放った。「あなたが宮廷に戻ったとき、5年間がすぎていて、あなたは子供から若い女性へと育っていた事実を考えてもらおう。見覚えはあるが、あなたの家族が覚えているあなたとは完全に一致しない、もっともなことではある」 「理解できません」可哀想な女性は目を見開いて叫んだ。だが、理解できていた。彼女の記憶はひどい洪水のように流れ、集まっていた。 「こう説明するわ……」彼女の従姉妹は腕で包みながら言った。「今は自分が誰なのかわかるわ。私の本名はジリア・レイズ。拘束された男は私の父親、王者を殺した男── あなたの父を。あなたがタララ王女なのよ」 物語(歴史小説) 赤3
https://w.atwiki.jp/oblivionlibrary/pages/73.html
バレンジア女王伝 第3巻 スターン・ガンボーグ帝都書記官 著 第2巻では、バレンジアが新たに建てられた帝都に温かく迎えられ、一年近くの間、まるでずっと行方の知れなかった娘のように、皇帝一家から愛されたところまでを紹介してきた。数ヶ月間、帝都領地の女王としての義務と責任を学んだあと、シムマチャス将軍が彼女を護衛してモーンホールドへ送り届けた。この地でバレンジアはシムマチャスの手引きを得て女王として国を治めた。そして彼らは少しずつお互いを愛するようになり、やがて結婚した。彼らの結婚と戴冠を祝う盛大な式では、皇帝自らが司祭として儀式を執り行った。 数百年の結婚生活を経て、息子ヘルセスが生まれ、祝賀と喜びの祈祷で迎えられた。後になってわかったことだが、このめでたい出来事の直前、モーンホールド鉱山の奥から混沌の杖が持ち去られていた。盗んだのは謎めいた吟遊詩人で、ナイチンゲールと呼ばれた男だった。 ヘルセスが生まれてから8年間、バレンジアは娘を生んだ。シムマチャスの母親の名をとってモルジアと名づけられた。夫婦は幸せに満ちていた。しかし、その直後、不可解な理由から帝都との関係が悪化し、モーンホールドに不穏な空気が漂い始めた。原因究明と関係修復の努力は無駄に終わり、バレンジアは子供たちとともに帝都へ行き、皇帝ユリエル・セプティム七世と直接話すことにした。シムマチャスはモーンホールドに残り、不満を訴える領民や不安がる貴族たちに対応し、反乱を食い止めることになった。 皇帝との謁見の際、バレンジアは魔力を使って皇帝の正体を見抜き、その瞬間、恐怖と困惑に襲われたのであった。なんとあの混沌の杖を盗んだナイチンゲールではないか! だが彼女はつとめて平静を装った。その夜、シムマチャスは農民の反乱に敗れ、モーンホールドは反逆者の手に落ちた。バレンジアは誰に助けを求めたらよいのか途方にくれてしまったのだった。 だが、まるで今までの不運を埋め合わせるように、天はその運命の晩、彼女に味方した。皇帝とシムマチャス両方の旧友であるハイ・ロックのイードワイヤー王が訪問してきたのであった。彼はバレンジアを慰め、友情と協力を誓い、彼女の言うとおり皇帝が偽者であると断言した。皇帝になりすましているのは帝都軍の魔闘士ジャガル・サルンであり、ナイチンゲールは彼が持つ様々な顔の一つであるという。ターンは隠居し、彼の任務は助手リア・シルメインが引き継いだと言われていたが、そのリアは後に謎の死をとげたのであった。どうやらなんらかの事件との関連が疑われ、処刑されたこになっていた。しかしリアの亡霊はイードワイヤーの夢に現れ、真の皇帝はターンに拉致され、別次元に監禁されていると告げたのだった。そのことを元老院に知らせようとした彼女は、ターンに混沌の杖で殺されたのである。 イードワイヤーとバレンジアはともに、偽皇帝の信頼を得るために画策した。そのころ、偉大な力を秘めたチャンピオンという名でしか知られていないリアのもうひとりの仲間が、帝都の地下牢に閉じ込められていた。リアは彼の夢に現れ、逃走の準備が整うまで待つように告げるのであった。こうして、彼は偽皇帝を倒す計画を練り始めたのだった。 バレンジアは引き続き偽皇帝に近づき信頼を得た。彼の日記を盗み読みし、混沌の杖を8等分にして、それぞれをタムリエル各地の遥か彼方に隠したことを知った。バレンジアはリアの仲間の牢獄の鍵を入手し、看守を買収し偶然を装って彼の手の届くところに置かせた。バレンジアとイードワイヤーにすら名前のわからないチャンピオンは、リアが衰えつつあった力で開けた辺ぴな通用門から脱獄することができた。ついにチャンピオンは自由の身になり、すぐさま偽皇帝の打倒にに立ち上がった。 数ヶ月かけて盗み聞いた会話と盗み見た日記から、バレンジアは混沌の杖8つのかけらを探し当て、リアを通じてチャンピオンにそれぞれの隠し場所を伝えた。そして、一寸たりとも時間を無駄にすることなく、計画を行動に移したのであった。まず、ハイ・ロックにあるイードワイヤーの祖先の領地ウェイレストへ向かった。そしてターンが送り込む手下たちを回避し、復しゅうを図ることに成功した。ターンは、(バレンジアからは見透かされていたかもしれないが)、決して愚か者ではなく、非常に狡猾な男であった。彼は考えうるだけの策を弄してチャンピオンを突き止めて消そうとしたことは確かであった。 今日では周知のとおりだが、あの勇敢で不屈の精神を持つ名もないチャンピオンは、混沌の杖のかけらを全て集めることに成功し、混沌の杖によってターンを倒し、真の皇帝ユリエル・セプティム七世を救い出した。そして王政復古の後に、セプティム王朝を長年統制してきたシムマチャスを称える記念式典が帝都で行われたのである。 バレンジアとイードワイヤー王はともに苦難と危険を乗り越える中で互いに惹かれあい、帝都からそれぞれの領地へと帰ったその年に結婚した。バレンジアと前夫との間に生まれた2人の子供も、彼女とともにウェイレストへゆき、彼女の留守中はモーンホールドによって摂政が代理で統治することとなったのである。 今も、バレンジア女王はヘルセス王子とモルジア姫とともにウェイレストに暮らしている。イードワイヤーが他界すれば、またモーンホールドへ戻るだろう。 結婚したとき、イードワイヤーはすでに老いていた。従って、エルフと違って残念ながら世を去る日はそう遠くないとされている。しかし、それまでは、イードワイヤーとともにウェイレストを治め、やっと手に入れた平穏で幸せな生活をバレンジアは送ることとなるだろう。 歴史・伝記 茶4
https://w.atwiki.jp/oblivionlibrary/pages/84.html
アルゴニアン報告 第4巻 ウォーヒン・ジャース 著 デクマス・スコッティは溺れていて、それ以上何も考えられなかった。アルゴニアンの農夫に受けた麻痺の呪文のせいで手足を動かすことができなかったが、すっかり沈んでしまうこともなかった。白濁したオンコブラ川は大きな岩さえもやすやすと流し去ってしまう勢いで流れていた。スコッティは上下逆さになりながら、あちこちにぶつかり、転がりながらひたすらに流されていった。 彼は自分がもうすぐ死ぬだろうと思ったが、それでもブラック・マーシュへ逆戻りするよりはましだと思った。肺に水が入り込んできたのを感じても、彼はもはやさほど慌てふためくこともなかった。そして冷たい闇が彼を包みこんだ。 。 しばらくして、スコッティは初めて穏やかな気持ちに包まれた。それは聖なる闇であった。しかしすぐに痛みに襲われ、彼は自分が激しく咳こみ、胃や肺に流れ込んだ水を吐き出したのを感じた。 「なんとまあ、生きてるじゃないか!」という声が聞こえた。 スコッティは目を開け、自分を見下ろす顔を見ても、まさかこれが現実とは思えなかった。今だかつて見たことのないアルゴニアンがそこにいた。槍のように細長い顔立ちをしていて、その鱗は太陽のごとくルビーレッド色に光り輝いていた。アルゴニアンは眼をぱちぱちさせながら彼を見たが、そのまばたきは縦に入った切れ目を開け閉めするかのようだった。 「俺たち、別にあんたを取って食いやしないよ」とその生き物は笑ってみせたが、その歯並びからして嘘でもなさそうだとスコッティは思った。 「どうも」とスコッティは弱々しく答えた。スコッティは「俺たち」がだれなのか確認しようと首をゆっくりと動かした。そして自分が今穏やかな川のぬかるんだ浅瀬に横になっていて、さきほどの彼と同じような細長い顔立ちのアルゴニアンに囲まれることを理解した。彼らの鱗は明るい緑色や宝石のような紫、青、そして橙色などまるで虹のようだった。 「教えてくれないか…… ここはどこだ? どこかの近くなのか?」 ルビーレッド色のアルゴニアンが笑った。「どこでもない。お前さんがいるのはあらゆる場所の中心で、同時にどこの近くでもないのだ」 「ああ……」とスコッティは言った。ブラック・マーシュでは「場所」という概念はさほど意味をなさないものであることなのだとわかった。「それであなた方は一体?」 「俺たちはアガセフだ」ルビー色のしたアルゴニアンがこう答えた。「俺の名前はノム」スコッティも自己紹介をした。「私は帝都にあるヴァネック建設会社の事務主任をやっているものだ。通商上の問題を解決するためにここへ来た。しかし、大事なメモはなくすし、会う約束をしていたギデオンのアーチェンとも会えずじまいで……」 「こいつは思いあがった奴隷商の泥棒役員だ」と小柄でレモン色をしたアガセフはとげとげしくつぶやいた。 「でも今は、ただ家に帰りたい」とスコッティは言った。 ノムはいやな客がパーティをあとにするのを喜ぶ主催者のように、長い口をにんまりさせて、「シェフスに案内させよう」と言った。 シェフスと呼ばれた者は、やや小柄で黄色い生き物だったが、この任務にいやそうな顔をした。彼はスコッティを驚くべき力で持ち上げたが、この時スコッティはジェムラスに地下の急流へと続く泥沼の中に放り込まれた時のことを思い出した。しかし今回は、水面に浮かぶ剃刀のように薄いいかだの上へと放り投げられたのだった。 「これが君たちの旅のやりかたかい?」 「俺らは外の仲間が持っているような壊れかけの荷馬車や死にかけの馬は持っていないんだ」シェフスは目をくるくると回しながら答えた。「これよりもいい方法を知らないだけだよ」 そう言ってこのアルゴニアンはいかだの後ろの方に座り、鞭にも似た尻尾をプロペラのように回し、いかだの舵を取った。いかだは何世紀にも渡って腐敗した堆積物がヘドロの塊となって渦巻くなか、ちょっとしたぐらつきで一気に静かな水面で崩れ落ちそうな先の尖った山々や、錆びついてもはや金属で作られたのかどうなのかもわからない橋の下をくぐって進んでいった。 「タムリエルのものがすべてここブラック・マーシュへと流れつくのさ」とシェフスは言った。 いかだが水上を進む間、シェフスはスコッティに、アルゴニアンの種族のうち、アガセフはこの属州の内陸のヒストの近くに住んでおり、外の世界にはまったく興味をしめさないのだと話した。彼らに見つけられたのは運が良かったという。ヒキガエルに似たパートルや翼を持つサルパなどのナガスに捕まれば即座に殺されていただろう。 他にも遭遇を避けるべき生き物はいた。ブラック・マーシュのもっと内陸の方に住む自然の肉食動物たちだ。ゴミ箱に住むこの掃除屋は、生きた獲物に一度喰らいついたらもう二度と離さない。頭上では西の方で見かけたのと同じようなハックウィングが旋回しているのが見えた。 シェフスは静かになっていかだを完全に停止させ、何かを待っていた。 スコッティはシェフスの視線の先を追ったが、特に変わった物陰は見られなかった。しかし、目の前にある緑色のヘドロの塊が、確かに河岸から反対側の河岸へと素早く動いているのに気づいた。それは後ろに小骨を吐き出しながら葦の中に消えていった。 「ボリプラムスだよ」とシェフスは説明し、再びイカダを動かし始めた。「つまるところ、あんたなんか一瞬にして骨にされちまうってことだ」 スコッティはこの光景と悪臭から早く逃げ出したい衝動にかられたが、この語彙の豊富なシェフスと過ごすのは悪くないと思った。お互いの文明の差を考えると実に興味深いことであった。東に住むアルゴニアンは実際、しゃべりが達者だった。 「20年前、彼らはウンホロにマーラ神殿を建てようとしたんだ」シェフスが説明した。スコッティは前になくしてしまったファイルで読んだことがあったのを思い出して、それにうなずいた。「最初のひと月で、沼の腐り病のせいで跡形もなく消えてしまったけど、非常に面白い書物を残してくれた」 スコッティがそれについて詳しく聞こうとしたその時、巨大で、恐ろしいものを見つけ、身体が凍り付いてしまった。 前方に見えたのは、その姿を水に半分沈めた針の山で、9フィートもある長い鉤爪がついていた。もはや何も見えない白目で前方を見つめていたが、その怪物は突如グラグラと揺れ出し、突き出した顎からは血の塊のついた牙が見えた。 「沼の巨獣だ」とシェフスは感心したように口笛を吹いた。「とーっても危険な奴だ」 スコッティはぐっと息を飲みこみ、アガセフはなぜこうも落ち着いていられるのか、なぜ危険な怪物に向かっていかだを漕ぐのか不思議に思った。 「世界中のあらゆる生き物の中で、特にネズミは最高に悪いやつだよ」とシェフスが言ったのを聞いて、スコッティはこの巨大な怪物がただの抜け殻であることにようやく気づいた。動いてるように見えたのは何百匹ものネズミがその抜け殻に入り込み、内側から中身を食べつくし、皮膚に穴をあけて這い出ていたからだ。 「本当にそうだな……」とスコッティは言い、泥沼の深くへと沈んでいったブラック・マーシュに関するファイルへのことを考え、過去40年に渡るブラック・マーシュでの帝都が成し得た業績に思いを馳せた。 2人はブラック・マーシュの中心地を抜けて西の方へと進み続けた。 シェフスは広大で複雑なコスリンギーの遺跡、シダや花の咲きほこる野原、青苔の天蓋に覆われた小川などを見せてくれた。ヒストの木々で生い茂る大きな森はスコッティのこれまでの人生の中でもっとも驚くべき光景であった。彼らは道中まったく生き物に出会わなかったが、スラフ・ポイントのちょうど東に当たる帝都通商街道の端に到着すると、スコッティのレッドガードガイド、マリックが辛抱強く待っていた。 スコッティが「あと2分待とうか」と言うと、レッドガードは彼をキッとにらみつけ、手にしていた食べ物の残りを足元の残飯の山に捨て、「結構です」と言った。 デクマス・スコッティが帝都に着いた時には太陽は光かがやき、朝露に反射して、建物を光らせていた。それはまるで彼の到着に合わせて磨き上げられたかのようであった。スコッティはこの街の美しさ、また物乞いがほとんどいないことに驚いた。 ヴァネック建設会社の長大な建物はこれまで通りであったが、どこかエキゾチックというか奇妙なものに見えた。建物は泥に覆われていなかった。中の人々は本当に、普通に働いていた。 ヴァネック卿はややずんぐりとした体型で斜視であったが、清潔感が漂う男であり、泥にまみれ皮膚病に冒されるなどとは程遠く、また堕落した人間にも見えなかった。スコッティは初めて彼を見た時、じっと見つめずにはいれらなかった。ヴァネックもスコッティを真っ直ぐに見返した。 「なんてひどい姿だ」と小柄な卿は顔をしかめた。「ブラック・マーシュから馬に引きずられながら来たのか? 今すぐ家に帰って着替えてくるように…… と言いたいところだが、君に会うため大勢の人が待っている。まずはそっちを片付けてくれないか」 彼の言葉は誇張ではなかった。シロディールに住む20人ほどの時の権力者たちが彼の帰りを待ちわびていたのだ。スコッティはヴァネック卿の部屋よりもさらに大きな事務室をあてがわれ、それぞれの客人たちに会った。 最初の客は、騒ぎ立てながら金を積み上げた5人の貿易商たちであった。彼らはスコッティが通商路をいかに改善するつもりなのか教えろと要求した。スコッティは主要道路やキャラバンの状況、沈みゆく橋、そして辺境の地と市場間に横たわるあらゆる問題点をざっと報告した。すべてを取り換え、修理する必要があることを説明すると彼らはその費用の全額を置いていった。 それから3ヶ月のうちにスラフ・ポイントにかけた橋は泥沼の中へと沈み落ち、キャラバンは衰退し崩壊した。ギデオンからのびる主要道路は完全に汚水に飲みこまれてしまった。アルゴニアンは再び昔のやり方、つまり一人乗りのいかだと、時々は地下急流を使って穀物を少量ずつ運搬するようになった。シロディールまでの時間は以前の三分の一、二週間に短縮され、荷物は痛まなくなった。 次の客はマーラの大司教であった。心の優しい大司教は、アルゴニアの母親たちが自分の子供を奴隷商に売り飛ばす噂を恐ろしく思っており、それが事実かどうかを聞いた。 「残念ながら事実です」と、スコッティは答えた。大司教はセプティム貨を渡し、そこで暮らす人々の苦痛を和らげるようこのお金で食料を買い与え、子供たちが自分の身を助ける術を学べるように学校を建ててほしいと言った。 それから5ヶ月のうちに、ウンホロの荒廃したマーラ神殿から最後の本が盗み去られた。アルケインが破産したので、奴隷だった子供たちは親元へと帰り、小さな農園の手伝いをするようになった。僻地に住むアルゴニアンは自分たち民族が熱心に働けば家族を養うことなど簡単であるとわかり、やがて奴隷の買い手市場の勢いも急速に衰えていった。 ブラック・マーシュの北方で高まる犯罪率を懸念しているツスリーキス大使は、彼のような多くのアルゴニアン亡命者が行った貢献について説明した。そしてスラフ・ポイントの国境に配置させる帝都衛兵の増員、主要道路沿いに一定間隔に取り付ける魔法光源のランタンの増設や詰め所、学校の増設など、若きアルゴニアンを犯罪の道へ走らせない設備への投資を要求した。 それから6ヵ月後には、ナガスが道を漂うこともなく、キャラバンが物盗りに出くわすこともなくなった。盗賊たちはより内陸へと移動し、愛すべき腐敗と悪疫に囲まれたそこでの暮らしを思いのほか気に入った。大使は犯罪率の低下を非常に喜び、スコッティにこれからもいい仕事を続けてほしいとさらに金も渡していった。 ブラック・マーシュでは今も昔も、大規模で利益を生むような農場経営を維持することはできなかった。しかしアルゴニアンやタムリエルに住む人々は、ブラック・マーシュのこの地で必要な分だけを作る自給自足の生活を営むことができた。それは決して悪いことではない。望みがあるな、とスコッティは思った。 スコッティはさまざまな問題を同じように解決した。報酬の1割は会社に渡り、要求したわけではないが残りはスコッティの懐へと入っていった。 一年のうちにスコッティは多額の金を手にし、優雅な隠居生活を送れるほどになった。同様に、ブラック・マーシュは過去40年のうちで最も栄えた。 物語(歴史小説) 茶2
https://w.atwiki.jp/oblivionlibrary/pages/151.html
帝都の略歴 第4巻 帝都歴史家 ストロナッハ・コージュ三世 著 本著の第1巻では、初代皇帝タイバーから第8代皇帝の時代までの歴史を概観した。第2巻では、レッド・ダイヤモンド戦争以降の6代の皇帝について論じた。第3巻では、続く3代の皇帝の受難、すなわちユリエル四世の失意、セフォラス二世の非力、そしてユリエル五世の英雄的な悲劇について語った。 ユリエル五世が遠く海を隔てた敵国アカヴィルで命を落とした時、皇位継承者のユリエル六世はまだ5歳であった。実際、彼が生まれたのは父であるユリエル五世がアカヴィルへ旅立つ直前のことであった。ユリエル五世の他の子は、平民との間にできた双子で、彼が旅立った直後に生まれたモリハーサとエロイザしかいなかった。そのため、第三紀290年にユリエル六世は即位したが、彼が成年に達するまでのあいだは、ユリエル五世の后でユリエル六世の母親であるソニカが摂政として限られた権限を持ち、実権はカタリア一世の世から変わらず元老院が握ることになった。 元老院は勝手な法律を広めては利益を貪っていたため、なかなかユリエル六世には帝政にかかわる実権を渡さなかった。彼が正式に皇帝としての権利を認められたのは307年、彼が22歳の時である。それまでにも少しずつ皇帝としての責任ある立場を任されてはいたが、元老院も、そして限られた摂政権しか持たない彼の母親でさえ、その支配力を全て彼に譲るのを嫌がり、先延ばしにしたためである。彼が帝位につく頃には、帝政に関する皇帝の権限は拒否権を残してほとんどなくなっていた。 しかし、ユリエル六世はこの残された拒否権を積極的に行使した。そのせいもあって、313年までには彼は名実ともにタムリエルの支配者となった。彼はほとんど忘れられていたスパイ組織と衛兵隊を有効に利用し、元老院の中で反抗的な者を威圧したのである。異母妹のモリハーサは(意外なことではないが)彼の最も忠実な味方であり、彼女がウィンターホールドの男爵ウルフェと結婚し富と権力を得てからは、さらに頼りになる勢力となった。賢者ユガリッジの言葉を借りれば、「ユリエル五世はエスロニーを降伏させ、ユリエル六世は元老院を降伏させた」のである。 ユリエル六世が落馬し、帝都で最も優れた治癒師の尽力にも関わらず命を落としたため、彼の最愛の妹モリハーサが帝位を継承した。このとき25歳のモリハーサは、外交官たちから(立場上のお世辞もあったであろうが)タムリエル一の美しさであると称えられた。彼女は教養があり、快活で、運動神経と政治能力に恵まれていた。彼女はスカイリムから大賢者を帝都に招き、タイバー・セプティム以来二人目の帝都軍の魔闘士を持つ皇帝となった。 モリハーサは彼女の兄が始めた政策を引き継ぎ、帝都州の政治を真の意味で女皇の(そして後に続く皇帝たちの)支配下に置いた。しかしながら、帝都州の外においては、女皇の支配力は少しずつ弱まっていた。反乱や市民戦争が、女皇の祖父セフォラス二世の時代から有効な対策がとられないままに各地で激しさを増していた。モリハーサはやり過ぎない程度に注意深く反撃と鎮圧の指示を出し、反乱を起こした地域を少しずつ支配下に戻していった。 モリハーサの戦略は効果的ではあったが、慎重すぎたためにしばしば元老院の反感を買った。そんな一人、アルゴニアンのソリクレス・ロマスは、女皇がブラック・マーシュの自分の領地の危機に軍隊を派遣しなかったためひどく怒り、殺し屋を雇って彼女を第三紀339年に暗殺した。ロマスはすぐに捕らえられ裁判にかけられ、最後まで無罪を主張したが処刑された。 モリハーサに子供はなく、妹のエロイザは4年前に高熱で他界していた。そのため、エロイザの25歳になる息子、ペラギウスが皇帝ペラギウス四世として即位した。ペラギウス四世は彼の叔母の仕事を受け継ぎ、反乱を起こした王国や領地を少しずつ皇帝の支配下に取り戻していった。彼はモリハーサの冷静さと慎重さを受け継いだが、残念ながら彼の戦いは彼女のようにはうまくいかなかった。各地の王国は長い間皇帝の支配を離れていたため、その支配がどんなに寛大であろうとも皇帝の存在自体が疎まれるようになっていたのである。しかし、ペラギウスが29年間の安定した統治の後この世を去る頃には、タムリエルの諸地方はユリエル一世の時代よりも結束を固めていた。 我々の現在の皇帝である、ペラギウス四世の息子にして栄光あるユリエル・セプティム七世陛下は、大伯母モリハーサの勤勉さ、大伯父ユリエル六世の政治力、大伯父の父ユリエル五世の武勇とを受け継いだ。二十一年間にわたり、彼はタムリエルを統治し地上を正義の光で照らした。しかし第三紀389年、帝都軍の魔闘士ジャガル・サルンが謀反を起こしたのである。 ターンはユリエル七世を別次元に作りあげた牢獄に閉じ込め、幻惑を使って皇帝の地位を乗っ取った。その後10年間、ターンは皇帝としての特権と利益を欲しいままにしたが、ユリエル七世の始めた帝政の強化には無関心だった。今に至るまで、ターンの真の目的も、君主に成りすましている10年間に何を得たのかも完全にはわかっていない。第三紀399年、謎めいたチャンピオンが王宮の地下で魔闘士を倒し、別次元に捕らわれていたユリエル七世を解放した。 解放されて以来、ユリエル七世はタムリエルの全土を支配下に置くための戦いを精力的に続けている。ターンの邪魔によって勢いが落ちたのは事実であるが、近年の戦いが証明しているように、タムリエルをタイバー・セプティムの時代以来再び皇帝の栄光のもとに統一し黄金時代をもたらす希望は残されている。 歴史・伝記 緑3
https://w.atwiki.jp/oblivionlibrary/pages/182.html
火中に舞う 第1章 ウォーヒン・ジャース 著 場所:帝都 シロディール 日付:第三紀397年 10月7日 正に宮殿と呼べるような建物に、アトリウス建設会社は入っていた。ここは帝都内のほとんどすべての建設事業に対し、建設や公証を行う、事務手続きと不動産管理の会社だった。宮殿の広場は質素で、豪奢な飾りつけなどはされていなかったが、この建物はマグナス皇帝の時代から250年間立っていて、飾りが質素で荘厳な広間と豪華な広場を構えていた。そこでは精力と野望に満ち溢れた中流階級の若い男女が働いていた。デクマス・スコッティのように、安穏と働く中年もいた。誰もこの会社がない世界など想像していなかった。スコッティもまた例外ではなった。正確には、彼は自分がこの会社にいない世界など想像していなかった。 「アトリウス卿は君の働きぶりにいたく感銘を受けているよ」と主任は後ろ手でスコッティの職場へと通じる扉を閉めながら言った。「しかし、世間の物事はだな、なんとも難しいものなのだよ」 「はい」スコッティは堅い表情で答えた。 「ヴァネック卿の遣いが近頃我々にハッパをかけてきておるし、我が社もこの先を生き抜くためにはもっと効率を上げなければならない。実に悲しいことだが、過去素晴らしい働きぶりを見せたとしても、現在が業績不振であれば、年配の働き手といえども解雇せざるをえないのだよ」 「わかります。仕方ありません」 「わかってもらえて良かったよ」と主任は笑顔になったが、その笑いはすぐに消えさり、「それでは早急に君の机をかたづけてくれ」と言った。 スコッティは後任者に明け渡すため机回りの整理を始めた。おそらく次の後任者は若いイムブラリウスという男であろう。そうしなければならなかったのだろうと彼は哲学的に考えた。その若者は、仕事をつかむ術を知っているのだ。スコッティは、イムブラリウスが神殿から委託された聖アレッシア像建設の契約をどうするつもりなのかといぶかっていた。「きっと彼なら、仕事上の架空のミスを作り出し、前任者である私に罪をおしつけ、修正費用をせしめることさえやりかねないだろうな」 スコッティがその声の主を見ると、丸々とした顔の配達人が事務所の中へと入ってきて、封のされた1巻の巻物を渡してきた。彼は配達人にチップを渡し、早速広げてみた。乱暴な筆跡と書き損じとひどい文法と誤字で、この手紙の主がすぐにわかった。リオデス・ジュラスだ。彼も数年前は同じ職場の友であったが、この会社の道義に反した慣例に嫌気がさし、去っていったのだった。 ── 『スクッティへ 俺に一体全体、何が怒ったかと思ってるだろ。そして俺が今一体どこにいるのかと思ってるはずだ。森の中だと? まあ、実はその通りだ。ハハッ。おまえが頭のキレるヤツで、アトリウス卿のために、えらい稼ぎたいなら(もちろん自分の分もだ、ハハッ)、ここ、ヴァリーニウッドに恋。世の流れにツイてってる、ツイてってなくても、ボッシュマーとその隣のエルスワーの愛だで2年も続いた戦があったことは知ってるだろうか? 昨今ようやく落ち着きを取り戻して、各地で再建が始まったのさ。 今、抱えきれないほどの仕事の波が着ている。手助けしてくれそうなヤツを探してる。筆が進む優秀な代理店がいないかと考えていたら、友よ、おまえさんが頭に浮かんだんだ。ヴァリーニウッドのファリンネスティにあるマザー・パスコスの酒場で遭おう。オレは2週間いる予定だ。悪い酔うにはしない。 ジュラスより 追伸:ついでに、木材を煮馬車1台分もってきてくれないか。』 ── 「何を持ってらっしゃるんですか?」と、尋ねる声がした。 スコッティはその声に驚いた。声の主はイムブラリウスだった。彼はドア越しにやたらハンサムな顔を覗かせ、手厳しい顧客やがさつな石工屋の心さえも溶かしそうなとびきりの笑顔を浮かべていた。スコッティはあわてて手紙を上着のポケットへとねじ込んだ。 「私的な手紙だよ」と、スコッティはあしらった。「すぐにここを片付けるから待ってくれ」 「そんなに急がなくてもいいじゃありませんか」と言いながら、イムブラリウスはスコッティの机の上にあった何も書いていない契約書をつかみとり、「私に任せてください。若い書記の字なんか、まったくひどくて読めやしませんからね。あなたが心配することは何もないですよ」 イムブラリウスはそういい残し、去っていった。スコッティはもう一度手紙を取り出して読んだ。彼は自分の人生について考えた。普段の彼ならまったくしないことだが。今のスコッティの視界は、漠然と切り立つ黒い壁に阻まれた、灰色の海のようであった。その切り立つ黒い壁を抜けるのには、たった1本の細い道筋しかない。彼は考えが変わる前に、急いで「皇帝御用達アトリウス建設会社」と書かれ金箔をあしらわれた未記入の契約書を何枚かつかみ、かばんに私物と一緒に放り込んだ。 翌日、彼はなんの躊躇もせず、目が眩むような冒険へと旅立った。その週に帝都を出発して南東に向かう1人引きのキャラバンに、ヴァレンウッドまでの席を1人分用意してもらった。ほとんど荷造りをする時間はなかったが、馬車1台分の木材を用意することは忘れなかった。 「その木材用の馬は追加料金ですよ」と、キャラバンの護衛長は顔をしかめながら言った。 「もちろん」と、スコッティはイムブラリウスのようなとびきりの笑顔をつくってみせた。 十台の荷馬車は午後にシロディールを出発し、見慣れた風景は徐々に小さくなっていった。野生の花々が咲き誇る草地を過ぎ、森や小さな村を穏やかな調子で過ぎていく。石道に当たる馬のひづめの音を聞いていると、確かこの道はアトリウス建設会社が建設した道だったなと思い出した。この石道が完成するまでに18もの契約書が必要であったが、そのうち5つはスコッティが作成したものであった。 「そんなふうにして木材を運ぶとは、賢いお方ですな」と灰色のひげをたくわえたブレトンの男が話しかけてきた。「かなりの商売人ですね」 「そんなところです」と、スコッティはためらいながらも答えた。「どうも、私、デクマス・スコッティといいます」 「グルィフ・マロンです」と、男は答えた。「私は詩人なんですが、今は古代ボズマー文学の翻訳もやっておりまして。2年前に発見されたムノリアダ・プレイ・バーの小冊子の研究をしているのですが、ちょうど戦が始まり、私も避難せざるをえなかったもんですから。ムノリアダはご存じかと思いますが、“緑の約束”という作品を耳にされたことがありますかな……」 スコッティは彼の話す内容をまったく理解できなかったが、ただうなずいていた。 「普通に考えれば、ムノリアダがメー・アイレイディオンと同じくらい有名だとか、ダンサー・ゴルと同じくらい時代を感じてしまうとまでは申しません。ただ彼の作品は、ボズマーの心情の本質を理解するにはもっとも意義のあるものなのです。本来、ウッドエルフは木を切ったり、植物を食べるのを嫌いますが、逆に異文化から植物全般を積極的に輸入している。このことはムノリアダのある一節と深く結びついていると思うのです」そう言うと、マロンはその一節とやらを探して自分の荷物をごそごそと探り始めた。 今夜の宿営地に馬車が止まり、スコッティはようやく開放された。そこは高い崖の上で、下には灰色の小河が流れ、ヴァレンウッドの広大な谷が広がっていた。海鳥の声が聞こえてきた。西の入り江に海があるようだった。ここの木々は背丈もあり、また幹も太かった。ねじれながら伸びていて、遥か昔から筋くれだっているようで、ちょっとやそっとでは切り倒せそうになかった。一番下の枝までの高さが50フィートぐらいの木が宿営地のそばの崖に何本か生えていた。このような風景はスコッティにとって見慣れないものであり、こんな荒野に入っていくことに不安を覚え、なかなか眠れそうになかった。 幸いにもマロンは、古代文化の難題を語り合える別の同胞を見つけたようだった。夜も更けこんできたころ、マロンがボズマーの詩を原文と自分の翻訳したものと併せて朗読していた。すすり声をあげたり、うめき声を出したり、小声にしてみたりとその場ごとに合わせて声色を変えていた。次第にスコッティは眠気に襲われ、ウトウトしていたところに突然、木々の激しく折れる音がした。彼の目は一気に覚めた。 「あれはなんです?」 マロンは笑顔で答えた。「ここは僕の好きな一節だ、『月ない月夜に悪が集う、火中の舞い……』」 「木の上にものすごく大きな鳥がいるみたいです」と、スコッティは小声で言いながら、頭上で動く真っ暗な物体を指差した。 「あれなら心配ご無用」と、マロンは言ったが、聴衆に邪魔されて不機嫌そうだった。「それよりも、ハルマ・モラの第4巻18節の祈祷文を、詩人がいかにして読み解いたかを聞いていただきたい」 木々にひそむその暗い影は、止まり木に止まる鳥のようなもの、ヘビのように這うもの、人間のように直立するものなど様々だった。マロンは詩を朗読し始めたが、スコッティはそのもの達が静かに枝から枝へと飛び移り、翼もなしに信じられない距離を飛ぶのを見ていた。それらは何組かに分かれ、宿営地を囲むように周りの木々へと再び散らばった。そして、突如として急降下してきたのである。 「おい!」と、スコッティは叫んだ。「雨みたいに落ちて来るぞ!」 「おおかた種子のさやでしょう」と、マロンは顔を上げずに肩をすくめてみせた。「このあたりには変わった性質の木があって……」 突然宿営地は混沌の世界へと変わり果てた。荷馬車には火がつき、馬は暴れ回り、真水や酒がそこらじゅうに流れ出した。スコッティとマロンのそばを1つの影がすばやく通りすぎ、穀物と金が入った袋を、驚くほど機敏かつ優雅な動きでかっさらっていった。スコッティだけがその姿を捉えた。すぐそばで炎があがり、その明かりに照らされたのはつやつやと光る生き物で、尖った耳、横長の黄色い目、まだら模様の毛皮、鞭のような尻尾をしていた。 「人狼だ」と言って、スコッティはすすり泣きながら体を縮めた。 「いや、キャセイ・ラートだ」マロンはうめくように言った。「人狼よりさらにタチが悪い。カジートのいとこかそんなようなものだ。略奪に来たのだ」 「なんてこった!」 襲撃も早ければ、退去するのも早かった。キャラバンの護衛としてついていた魔闘士や騎士たちが敵を確認する前にはもう、崖から飛び降りていた。マロンとスコッティは絶壁近くまで駆け寄ると、100フィートも下で水から飛び出し、体についた水を振り切ると森の中へと消えていく小さい姿が見えた。 「人狼はこんなに俊敏じゃない」と、マロンは言った。「絶対にキャセイ・ラートだ。恐ろしい盗賊たちです。ステンダール神の御加護のお陰で、このノートを奪われずにすみました。助かった」 物語(歴史小説) 赤1